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令和元年の夏を振り返って 四方神社栂彦祭

宮司です。台風15号が接近していますが富山は晴天で真夏日。暑いですね。夏がまた戻ってきたような日です。太平洋側の被害が心配なところです。

さて、8月18日は恒例の四方神社の栂彦祭。四方の漁民を救うために自刃された栂野彦八翁を顕彰するお祭りです。家内の実家である栂野家はその末裔と言うことで神職家を代々勤めております。

四方の夏は漁業協同組合の「恵比須祭」の海上渡御祭に始まり、お盆明けの「栂彦祭」で締める、みたいな感じです。

先ずは早朝より氏子から奉納された献灯の提灯を設営します。お祭りは夕刻7時からで提灯の灯りの下で神社本殿横の栂野彦八彰徳碑に栂野彦八翁の御神霊「四方建比古神」をお招きして祭典を行います。奉納として呉山岳風会が詩吟の奉納をします。毎年恒例で「栂野彦八翁を讃える歌」も奉納されます。

祭礼が終われば本殿前にて奉納行事として四方小学校の児童が和太鼓を奉納演奏しました。
次に今年初めての試みで「とやま語りの会」による「栂野彦八翁物語」が披露されました。
語り部の話に合わせて大正琴の伴奏で情景の効果音を演出。加えて過去に製作された四方小学校生徒による栂野彦八物語りの「版画」をスライドショーにして語り部の話にリンクさせました。今年初めての試みでしたが、語り部に合わせて大正琴とスライドの演出効果がマッチして良かったと思います。加えて郷土の富山にまつわる歌を大正琴に合わせて歌いました。最後には「四方踊り」で過ぎゆく夏をしめやかに見送りました。

毎年の事ながら、200年を過ぎた今日も命がけで地域を救った栂彦さんは四方の方々のみならず、広く世の中に未来永劫に語り継がれるご存在であられることを伝える意味でも「栂彦祭」は盛大に継承されるべきお祭りである続けるでしょう。

 

 

令和元年の夏を振り返って 第四町内 稲荷神社祭礼

宮司です。8月18日は新川神社の境内外に鎮座する稲荷神社の例祭です。当日は四方神社の栂彦祭と重なっておりますので泰子権禰宜さんが奉仕しております。
この日は新庄町にある結婚式場、アーヴェリール迎賓館で12時から挙式もありましたので、朝から大忙しです。早朝7時から四方神社で栂彦祭の提灯設営。すぐ新庄に帰還して二人で結婚式奉仕。終わって私は四方で設営の続き。泰子権禰宜さんは稲荷神社奉仕の後、夜は栂彦祭奉仕という過密スケジュールですが、これを乗り切れば一段落です。
実は私は一度も奉仕したことがございません。今までは名誉宮司がお仕えしておりましたし。
私は四方の栂彦祭の設営準備で忙しいので今回、記録写真を撮って戴きまして概要を知ることが出来ました。

この稲荷神社は鎮座時期や由来などは判らないのですが口伝では安政5年(1859)の大洪水で昔の地形は失われてしまったのですが、昔は小高い丘に田の神として新庄の田んぼを見下ろす場所に鎮座していたそうです。今は「商売繁盛」で有名ですが、「稲成り」が「いなり」ですから本来の御神徳は「豊作を導く神」であります。現在は新庄町第四町内の方々が「地蔵盆」みたいな感じでお祭りを仕切って戴いておりますので有り難いことです。

令和元年の夏を振り返って 天正寺町内納涼祭

宮司です。もう9月。怒濤の8月を過ごしてようやく一息です。
沖縄旅行は11年間バカンスらしいバカンスを過ごせなかった宮司さんにとって、精神的に穏やかな安定をもたらした良い旅行でした。やはり休暇は必要ですね。たまに遠くへ旅してレクリエーションしたほうがいろんな意味で日々の生活や仕事のクオリティーが上がるような気がします。
最近、酒を飲んだら毒を吐く傾向が強くて自分でも自己嫌悪に陥っていたのですが、沖縄旅行以降はいつの間にか治ってましたね。穏やかな心でいられるような気がします。

さて、今回の話題は私どもの奉務神社37社のひとつ、天正寺という町の納涼祭に宮司としてご招待を受けましたのでお言葉に甘えて参加して参りました。この町内は平成10年に道路の拡幅に合わせて境内地の形状変更を余儀なくされた機会を良い風に捕らえて老朽化した社殿の改築を成功させた所です。少彦名社が氏神ですが、旧来の農村である元村と、新興住宅地が混在する町内で募金活動なども奉賛会を結成し、活発に活動されていましたので新川神社でも参考にさせて戴いた地域です。

毎年参加させて戴いておりますが、此所の納涼祭の目玉はバンド演奏に合わせて町内の子供達が振り付きのダンスを踊ったり、若いお父さん達も振り付きの歌を歌うなど「隠し芸大会」みたいなノリがいいんですよ。多分、忙しい中を皆さん集まって練習しているんだろうなぁと思いますが、仕事でお疲れのお父さん達が照れもせずに振り付きで踊っている姿は涙ぐましくも感動的です。
子供達も無邪気に喜んで踊ったり歌ったりしていますので、こうした手作りの演出はなかなか真似できないなぁと思いました。多分、プロのエンターテインメント関係の方がプロデュースしているんだろうなぁと思いますが、その持って行き方は一度聞いてみたいと思います。

令和元年の夏を振り返って 沖縄へ

宮司です。暦の上では秋。夜は虫の声も聞こえるようになりましたがまだまだ暑い日が続きますね。今年は台風ラッシュですが、大きな被害が出ないことを願っております。

さて、個人的な話題になりますが、次男の信直が富山商業高校陸上部として400メートルリレーでインターハイ出場に遠征のため、家族で応援に沖縄まで行って参りました。舩木家としましては家族旅行は10年振り、沖縄は11年振りでした。子供が中学・高校生にも成りますと部活中心になりますので、家族旅行はなかなか行けません。加えて神社が400年祭の渦中でしたので、家族旅行なんざ論外でしたし、いずれにしろそういう時期だったんですね。家族で行けて「満天の湯。」でもあそこ、良いですよ。近くて。

8月4日より東京にいる長男の信明も奇跡的に夏休みを合わせることが出来まして、10年振りの家族旅行が出来ました。次男の信直に連れて行って貰ったようなもんです。こんなことが無いと思いきって行けませんし。一応、決勝まで残る事を想定して7日まで三泊四日で行ってきました。

初日4日の午後5時30分からの競技でしたが、結果は初戦敗退でした。が、ベストを尽くした走りでしたので本人達はいざ知らずですが、私どもはフライングとか失格では無くて、走り抜いて4位でしたので良かったかなぁと。思い残す事は無く、次の日からは観光だーモードに入りました。

観光って実は宗教的な行為で、英語では「サイトシーイング Sightseeing」、場所見みたいな感じですが、観光って言葉は「神仏の御光を戴きに行く」が日本人の観光旅行ですからね。伊勢神宮とか、社寺参宮がそうなんでしょう。そのもっとルーツに天皇の「国見」が有るんだと思います。

今回の旅行はスケジュールは試合の結果次第ですので予定は無しで、その日気ままな旅でした。長男信明が全て運転して貰って、11年前とは真逆の沖縄旅行が満喫できました。

沖縄はなんか、好きなんですよね。龍さんやシーサーが所々におらっしゃいますので。元々琉球王国で外国なんですが、今の大和・日本が失わざるをえなかったものが残っているようなかんじがするからでしょうか。

 

令和元年の夏を振り返って 七夕と古事記・日本書紀と「君の名は。」

宮司です。お盆ですね。本日は8月15日で終戦の日です。台風も近づいておりまして南の方が心配であります。本日は穏やかに静かに過ごしたいと思いましてブログを書こうかなと。ようやく一段落した感もあります。

先ずは7月29日は13:30より古事記に親しむ昼の部、19:00より日本書紀に親しむのダブルヘッダー。7月31日19:00より古事記に親しむ夜の部でした。
当社では旧暦で七夕を行っておりますので7月25日から8月7日まで境内手水舎に設置しております。短冊に自由にお願い事を書いて戴きます。行事や神事などは特にしておりませんが、みなさん思い思いに短冊に願いをかけておられる姿はいいもんですね。

そこで丁度七夕の時期でしたので古事記、日本書紀に参加の皆さんに少しだけ七夕と神話に出てくる「星」のお話しをいたしました。

現代では一般的に「織り姫と彦星」の年に一度の逢瀬の話が浸透していますが、日本古来の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれたようです。 七夕(しちせき)を(たなばた)と読むのは日本オリジナルと諸々の行事のハイブリッドだからでしょう。日本人の得意技ですね。

さて、古事記日本書紀を読んでおりますと「日本の神話に星の神様は出てくるんですか?」という質問があります。太陽は天照大御神、月は月読尊とわかりやすいのですが、西洋には星座という星の見方とそれにまつわる伝説が数多くあるので、じゃあ日本は?となりますと、これが限りなく少ないんですね。古事記には星に関する記述は無くて、日本書紀の別伝である一書(あるふみ)に

「二神(タケミカヅチとフツヌシ)は、ついに邪神や草木・石の類を誅伐し、皆すでに平定した。唯一従わぬ者は、星の神・カガセオのみとなった。そこで倭文神・タケハヅチを派遣し、服従させた。そして、二神は天に登っていかれた。倭文神、これをシトリガミと読む。」

「天に悪しき神有り。名を天津甕星あまつみかぼしまたの名を天香香背男あめのかがせおと曰う。う、先ずの神を誅し、しかる後に下りて葦原中国をはらわん」

と出てきます。(詳しくはWikipedia等でご覧ください)

星の神が悪い神として伝わるところに色々解釈を先人達がしてますが、今ひとつ説得力の有る物は無いんですね。あまりにも記述が短く、情報が少ないのでなぜ星の神が服従しなかったのか、悪しき神として扱われたのかは謎ですが、ネットで検索しておりますと「君の名は。」関連の事を書いたホームページにこの星の神の事が載っておりまして、おやっと思って見てみますと非常に興味深いストーリーとして描かれておりました。

「君の名は。」のスピンオフコミック、Another Side Earthbound全2巻の2巻目に登場しますが、こんな裏設定があったのか!とびっくりしました。星は流星、つまり隕石で地上に落石して大きな災いとなる、という解釈です。蛇の事を古語で「カガシ」というので「アメノカガセオ」は「天の蛇男神」、つまり「流星」をあらわす神名だと。実際に古来から隕石が落ちて災いになったことがあったからなんじゃないですかね。それを機織りの倭文神を主祭神とする宮水神社の代々神主の娘がそれを阻止するというのが映画のプロットで、なんと日本書紀の逸話が埋め込まれていたなんてぜんぜん気がつきませんでした。星の神・カガセオを服従させた倭文神・建葉槌命(タケハヅチ)は織物の神で、タケが頭に付くので武神である事は窺えますが、なんで機織りの神様が星の神を諫めることができるのか、ということが根底に流れている映画だったんですね、深すぎ。主人公の神主家である宮水家の人は代々御祭神の御神名、建葉槌命から「葉」(一葉、二葉、三葉、四葉)をいただいていますしね。組紐が神社が伝承してきた伝統祭祀だったり。これが織物神の霊験を現すものなのでしょう。本編では触れなかった設定が細かい。どうぞ今一度ご一読されますと「君の名は。」がより深いものがたりとして感じられます。

そういえば、今上映している新海監督の「天気の子」、観てきました。良かったですよ。今回も神社がキースポットになっているストーリーで「晴れ女」のお話しでした。「雨男」としてはこれは見にいかんなん、ということで。「君の名は。」もそうでしたが、神道的なテーマが根底に流れているアニメがビックヒットを納めていることになにかしら安堵感を持っています。職業柄でしょうか。ジブリのナウシカもトトロも千と千尋やもののけ姫なども日本古来の土着の信仰が感じられましたし。

時代によって信仰の形は変遷していきますが、今伝わっている形を如何により良き形で伝えていくかと言うことが大事で、それが根拠のある事か、無いことかという学術的な事よりも、史実の追求よりも、論拠の無い言い伝えだとしても人が紡ぎ出して語り継がれてきた「ものがたり」の方がよりよき時代を創造する礎になる力を持っているものだと私は個人的に思っておりますので、古事記と日本書紀を今後共みなさんと読み続けていきたいと思います。

 

令和元年度7月21日(日)お宮で飲もう会#28 お宮でBBQ開催

宮司です。気になっていた天気も奇跡的に7月21日だけ曇りという予報。台風5号が沖縄から北上するも日本上陸は無かったので助かりました。ですが梅雨独特の熱帯低気圧の影響で湿度高めの蒸し暑さの中、恒例のBBQを開催出来た事はラッキーでした。蒸し暑かったのでビールなど飲み物も飛ぶように消えて無くなりました!

昨年通り大人から子供まで総勢88名!(過去最高:大人55名子供33名)で楽しむ事が出来ました。
いつもながら心からの差し入れを戴きまして有り難い限りです。

あやなちゃんからは穴水の牡蠣とホルモン、フルーツポンチを作って差し入れしてくれました。川島真理子さんからは、なんとお手製の「ティラミス」を持参いただきました。子供達の行列が出来てあっという間に売り切れました。今までに無かった差し入れでした。手間暇かけていただいて嬉しい限りです。また参加出来なかった金垣さんは釣りたての鮎を差し入れ。気持ちがありがたいです。小川頭からはトウモロコシを差し入れ。今の季節のトウモロコシは本当に美味いです。その他最勝寺さんからはお酒、浅木さんからドリンク、貫江さんからは漬け物、その他書き切れませんが思い思いの差し入れありがとうございます。

恒例の流しそうめん、スイカ割りも盛り上がりました!神社の境内で緑の木陰と爽やかな風が吹き抜ける中、梅雨を追い払うBBQを楽しめたことを、晴天を導いてくれた新川神社の神様と龍神さんに感謝申し上げたいと思います。

令和元年度 夏越大祓斎行

宮司です。久しぶりの投稿です。何かと優先される事柄が有り、気持ちの余裕が持てずにいますが、ようやく一段落でしょうか。夏越の大祓で茅の輪くぐりをする現在の式の形を始めたのが平成24年からですが、奇跡的に雨天だったことは一度もありませんんでした。しかしながら遂に今年の天気予報は100%雨の予報。雨天バージョンの式次第を覚悟していましたのですが、今年の寒中禊ぎも大雪警報が出そうな予報でしたが結果的に晴天でしたので、「奇跡は起きる」と念じておりましたら予想通り晴れました。ありがたやありがたや。龍神さんのお陰です。

今年は局所的豪雨があるようですが、我が富山県は比較的雨が降らない気象で、境内の草も雨が降らないので自然に枯れていったりしてますので、茅の生育も心配しておりました。例年よりも遅く茅の輪御守り用の茅を収穫しましたがやはり例年より細かったです。ここ8年程継続して収穫してますとその年によって茅の生育状況が手に取るように判ります。これは茅の輪くぐり様の茅は大丈夫かな?と心配しておりました。案の定、いつも収穫する場所に茅の育成が遅いので葉が広い植物に覆われていつもの場所での収穫は出来ない状態にありました。ですが、なんとか適当な場所を見つけて必要な分は確保できたわけですがやはり自然の営みを肌で感じることが出来ますので此の神事は私にとっては自然を感じられる風物詩となっています。

本年は御代替わりということで、茅の輪御守に祝い詞を墨書ならぬ「金粉書」いたしました。
御朱印にも使用している金色は「吉祥」というブランドの日本画用の顔料を使用しております。赤金と青金という金色でも赤っぽいのと青っぽいのがありまして、うちでは赤金を使用しております。

本年も大勢の方にご参列いただきまして、皆さんの半年間のお清めと後半半年のご健康をお祈りいたしました。これから夏本番。良い季節になりますように。

令和元年6月8日神仏かふぇ。開催。

宮司です。去る6月8日土曜日午後2時より新川神社参集殿にて「神仏かふぇ。」を開催致しました。今回は何時もの神仏かふぇ。の構成にバージョンアップをかけましての開催です。テーマには「いのりのかたち」ということで ー祝詞とお経ー にフォーカスした内容と致しました。

バージョンアップをかけたのは全体の構成でありまして今までは最初に基調になる神仏の話の後、参加者全員から順番にQ&Aというスタイルでしたが、参加者から大人数の前で質問するには何か気が引ける様な雰囲気があるので話しづらいとの感想もありましたので茶話会に関しましては2ブロックに分けて、宮司、和尚と距離を近くしてフリーディスカッション出来るような座席配置に致しました。全体構成としましては三部構成で、講義だけでは無くて実践してみる「ワークショップ」として祝詞とお経を体験して貰いました。

・神道と仏教のきほん  ・祝詞とお経ワークショップ ・神主さんと和尚さんと茶話会

お茶は高橋太郎氏がブレンドして戴いた和漢茶「阿羅漢(あらかん)」と「月読(つくよみ)」です。阿羅漢は最勝寺オリジナルブレンド、月読は新川神社のオリジナルブレンドです。なぜ「月読」という命名かと言いますと、飲むとリラックスして眠りに入りやすくなる成分のお茶だからだそうです。

そして、天皇陛下御在位30年記念・御即位御大典記念ということで、上皇陛下・上皇后陛下が富山県での「植樹祭」に御行幸の際、ミクトさんが両陛下の為にオリジナルブレンドを御提供されたいわくつきの「ロイヤルブレンド」コーヒーをお出し致しました。

この「ロイヤルブレンド」はMicTさんのHPからネット限定で購入出来ますので是非ご賞味下さい。

https://mict-coffee.com/product/product.php?pid=75

(MicT HPより)
2017年5月に第68回全国植樹祭とやまがあり上皇、上皇后両陛下が出席されました。
植樹祭の後、ホテルグランミラージュで御休憩されました。
その時のコーヒーの担当をさせていただきました。
コーヒーを飲まれ美智子さまが美味しいと両陛下がお替りされました。

次回は会場を最勝寺に移しまして「いのりのかたち」の実践編第2弾として「鎮魂と座禅」を中心に開催予定です。鎮魂作法は大嘗祭においても修法される神道では奥義とされる作法です。座禅は今さら申し上げるまでも無く、ワールドワイドな企業人達のメンタルケアとして幅広く実践されています。これを皆さんと一緒に体験してみましょうというスペシャルな時間となると思いますのでお楽しみに。

令和元年度御神木梅酒宮司仕込み完了。

令和元年度第6回田んぼ学校お田植え祭斎行

宮司です。爽やかな新緑の季節となりました。毎朝梅の木の実の成熟具合を見ておりますと境内にはカラスや雉、つばめやセキレイ、先日までは鶯が一所懸命に鳴いておりましたが、様々な鳥がいるなぁと嬉しく思いました。鳥は神のお使いですからね。

ということで今年も晴天の下、お田植え祭を斎行いたしました。6年目と言うことで最初来ていた子供達も成長して中学生になったりして参加者も世代交代がそろそろきてるなぁと感じましたが本年は早乙女8名、田男3名含む21名の児童と保護者、宮総代、鷹乃羽雅楽会の総勢50名で行いました。

先ずは祭礼にて田男、早乙女にお供え物のお運びの所役をして戴くので作法を伝授します。毎年のことですが子供達は飲み込みが早いので意外に短時間でリハが済みました。毎年参加して戴いている子も多いからでしょう。
先ずは開校式にて貫江総代会長、奉耕者である吉田榮一さんと田添啓一さんにお米作りのお話しをして戴きました。田添さんからは「毎年、早苗の植え込みが浅くて全てやり直さなければイケなかったので、今年は必ず3㎝土に植え込むように」との注意事項が有りました。そのお陰で今年は上手に植えることが出来たようです。

今年は早乙女が過去最大の8名ですから「八乙女」です。八乙女(やおとめ)は神楽や舞で神前にお仕えする巫女の事で、八は末広がりで数が多いことの例えのラッキーナンバーです。

スムースに祭礼を終えていよいよ神饌田へ参進です。
鷹乃羽雅楽会が雅楽を演奏して戴けるのも新川神社ならではです。今回龍笛の高木さんが祭典雅楽奉仕デビューでした。直垂装束を着けての演奏も初めてですが落ち着いて演奏できました。
田楽が伝わっていないので雅楽の生演奏の中、田植えをする所は県内では新川神社だけではないでしょうか。植物に雅楽を聴かせると良く成長するという実験結果もありますし、雅やかな雅楽と太鼓の音に合わせて作業するのはいいもんですよ。

宮総代と保護者の方のお手伝いも戴きまして大幅に早い11時10分には田植えを終えて11時30分には昼食。昨年収穫した神饌田のコシヒカリでカレーライスをいただきました。今年のカレーは毎年とあるスーパーの調理部門へ外注しているのですが、少し辛めのカレーでしたので幼児にはかわいそうなことをしました。来年からはカレールーを指定して作って貰います。

食事を終えたら少し休憩の後、12時10分過ぎから古事記紙芝居です。今回は「神武東征(じんむとうせい)」のお話しです。少し幼児にはむつかしいかもしれませんが、高学年は本当にビックリするくらい理解している子がいまして、神主と致しましてはやりがいがあります。

紙芝居が終われば「古事記とお米に関するクイズ大会」です。それぞれに関する3択のクイズで正解者にはお菓子をひとつ選べます。16問ほど有りますので結構な量になりますね。
この「クイズ大会」が田んぼ学校のキモです。実際の体験を通じてその経験を知識として魂に落とし込めることが出来るか、が重要だからです。体験したことを自分の言葉で誰かに伝える事ができれば尚素晴らしい事ですね。日本人としての根幹に流れる大事な事を次世代の子供達に授けることが出来て私の神職としての使命達成感を実感できるのもこの田んぼ学校の良いところです。

今回、ビックリしましたのは、 「Q:お米はどこから来たの?  A:神様からいただいた」
ここまでは3択ですので正解なのですが、追加で「その神様は誰?」と聞いて「アマテラスオオミカミ!」とスパッと答えが返ってくるんですからね、すばらしい。
クイズに対して真剣な眼差しで質問の内容を理解しようとする子供達に触れますと、何時か将来的に日本人として立派に地域に根を張れる人材が育つ様な気がします。
奉耕者の方々には稲作の準備から後片付けまでお手間をお掛けいたしておりますし総代会や他色々な方々にご協力を戴いているこの行事も神様と繋がりをもった人材を育成するという意味で豊かな稔りをもたらすことを願って継続していきたいと思います。

私が「田んぼ学校」を開催した理由に「神様には地元で採れたお米だけをお供えしたい」と言うことが先ずありました。そして地元の子供達と自分たちで植えたお米を自分たちで収穫して、自分たちで握って食べる、という一貫した行程を体験することにより「産土(うぶすな)の神」と一体になって戴きたいということです。最近はスーパーマーケットで全国、全世界から食材が集まってきますので、昔は当たり前に自分の地域で穫れた物を食べて土地と命の繋がりがあった時代ですが、今はそういった実感が体験出来にくい世情です。
それが良い悪いではなくて現代の利便性はありがたく利用して享受するのは当然ですが、産まれ育った土地の霊が籠もったお米を食べることでその土地と一体感を感じていた昔の日本人の有り様を思わないと何のために神社でお祭りをするのかわからなくなってしまうからです。

産土神の復権。私は神職としてこれを国内外に広めていけたらと今考えています。

最後に「かんさつにっき」を参加者に渡してお別れです。残念ながら昨年は1名のみの提出でした。ですので宮司さん、つい口が滑って「提出者には豪華景品が当たります!」とサラッと言ったつもりがこどもたちはシッカリ聞いていたようで「豪華景品って何?」「昨年と一緒ですか?」とか問い合わせが・・・。
ある子からは「ねーねー、私は景品に○○がいいなー」といわれたんで「○○って何?」と聞きますと「でも○○は何万円もするん」という事でしたので「それじゃ、だめだわ。宮司さんそんなお金かけられんわ」と答えますと、なんと可愛い笑顔で「アマテラスさんにおねがいすれば、いいんじゃない?」
まだ未就学児ですよ。なんという機敏さでしょうか。今年の秋に彼女に会えたなら「宮司さん、アマテラスさんにお願いしたら天岩戸にお隠れになってお答えはいただけなかったん」と、せいいっぱいの可愛いい笑顔でお答え申し上げようと思います。

5/4(土) 映画 「カムイと生きる」上映会アフタートークショー出演

宮司です。ようやくブログ更新が追いつきました。過日に以前から知り合いで色々と御縁がありますヤマダベンさんのお招きで標記のトークショーに神仏かふぇ。でいつもお付き合い戴いております最勝寺谷内良徹和尚と共に出演して参りました。(詳しくは下記HP参照)
http://kiminiau.main.jp/
2019 ART&LIVE きみにあう(於・市民プラザイベントスペース)

今回このお話しを戴くまでは実は「アイヌ民族」の情報はほとんど持ち合わせていなかったので、図書館で本を借り、購入もしながら準備をしておりました。元々原住民といいますか、ネィティブピープルには興味がありまして。ネイティブアメリカンの思想や儀礼が神道に似てますし、琉球人の神観念など、全世界の宗教発生以前の土着信仰は実はすべて神道的な素朴な自然との関わりの中で培われた精霊信仰があると思いますのでそれに関する書物も少しずつ手元にありますが何せ今は自分のルーツである古事記・日本書紀に取り組んでいるところですので正直そこまで目が通せていないところでありました。多分、神様が「そろそろそっちも見てみたら?」というお諭しではなかろうかとおもいます。

映画はドキュメンタリーで私なりに感じましたのは「ラストサムライ」ならぬ「ラストアイヌ」的な本来のアイヌ的な環境で育った主人公が近代日本の中に飲み込まれながらもアイヌとして生き抜く生き様の映画で、その家族と仲間の関係性の中で何かを伝えたいその想いを映像にされた物だと言うことです。

アイヌの「カムイ」とは神道の「カミ」とほぼ一緒ですね。言葉も似てますし。古事記でも「カム・イザナギ」と語尾を替えて読むこともありますし。そういう意味では「カムイと共に生きる」は神道を意味する「惟神(かむながら)」に通じています。「神代さながらに生きる、神様に見倣って共に今を生きる」が我々日本人の生き様ですから。

アイヌ民族から見ますと我々は「倭人」というわけですが、古事記にも記されていますようにその中でも元々国土にいた「国つ神」と稲作文化をもたらす「天つ神」の融和がテーマですので倭人の中でもネイティブピープルがいて、私は良くわからないのですがなぜかその「ネイティブピープル」のセンスや信仰に魅了されるわけです。多分私の血の中に当然交じっている、みたいな感覚ですかね。
当日は予定には無かったのですが急遽ご本人の浦川治造氏が来県され、トークショーでは娘のマキコさんと四人でお話しをさせて戴きました。参加者からも質問が相次ぎ、閉館時間ぎりぎりまでの熱いトークショーとなりました。

イベントは5月12日(日)まで続きますので是非遊びに行ってみてください。

 

4月29日四方神社神輿神幸祭 4月30日春季例大祭奉仕

続きまして四方神社の祭礼の様子です。本年は平成最後の祭礼と言うこともあり、四方各町内の曳き山が勢揃いで目抜き通りを神様の神輿を先頭に神幸しようという企画が氏子より企てられまして晴天の元颯爽と揃い曳きすることができました。圧巻ですね。

次の日は平成最後の日でありますが宵宮から明けて本祭りが行われました。宵宮の夜の奉納に引き続き氏子の舞姫による「浦安の舞」が奉納されました。

新川神社では私が宮司、家内が権禰宜ですが、四方神社では家内が禰宜、私が権禰宜ですので神様と宮司、禰宜さんにお仕えする立場です。宮司に就任して以降、宮司職が増えただけで今までと業務内容はさしてかわらないという日々ですが、それも私が選んだ人生。

令和の時代も穏やかで、すがすがしく神明奉仕の日々を過ごして参りたいと思います。

4月29日荏原神明社・常盤台神社春祭り〜四方神社春季例大祭神輿神幸祭

宮司です。今年は川嶋広報部長が献身的にも祭事祭礼に密着して戴いて写真撮影戴いてますので、いつもは記録されていなかった祭事もこうやって振り返り拝見できますので大変有り難いです。

4月29日は我が家舩木家奉務の神社の春祭りと四方神社の神幸祭が被っておりますので、二手に分かれてご奉仕をしております。本年から見習いで川嶋咲四神役も同行しましてご奉仕を戴きました。

先ずは舩木家の奉務神社の荏原神明社・常盤台神社ですが、この2社は全国数ある神社の中でも大変少数派の神社です。その理由は戦後新興住宅地に新たに設立された「新しい」神社なのです。

荏原神明社は昭和55年設立、常盤台神社は昭和42年設立です。この2社は我々神職と致しましては「誉れ」の社です。普通は神社の縁起の古さを誇りにしますが、私は此の2社の「新しさ」が自慢です。しかも神職主導ではなく、住民氏子の熱意によって設立された事が尊いのです。(設立の詳細は当HPトップの「ゆかりの神社」参照ください。)戦後設立された神社って何社程有るかはわかりませんが、過疎化で合祀されたりして無くなっていく神社は多いと思いますが新興住宅地に神社が佇む景観はその地域に何かしら「重みと品格」を与えているように思います。

設立当時の方々にお話しを聞く機会がありましたが、働き盛りの40代に仕事を持ちながら町内各家を1軒ずつ説得に廻られたそうです。
しかも「常盤台」という地名は地元の方々が命名され、行政が後追いで認可した地名なのです。
神道の祝詞定番フレーズである「〜常盤に堅磐に〜」を冠した町。しびれますね。
私の代でも一社でも良いですから新興住宅地に燦然と鎮守の森の新緑が萌えあがる日を迎えることが実は目標でもあります。なかなかそんな時代では無いことは重々承知どころか、私が一番わかっている地域に住んでおりますのでなにを戯言と思いますが、なぜかそんな日がいつしか来るような気がするもので・・・。
おっしゃ!わしらの町に神社を建てて神さんまつって祭やろうぜー!という奇特な方、お待ちいたしております。

 

平成最後の春祭・神輿渡御祭奉仕 4月19日

宮司です。平成最後の春祭りの週間天気予報は4月19日前後は晴れ・曇りなのに、19日だけは「雨」。宮司の日頃の精進不足と不徳の致すところと思い立ち、最勝寺にて「行鉢(ぎょうはつ)」という座禅しながら修行僧の精進料理を戴く行に参加した甲斐が合ってか、朝方だけ小雨に降られましたがその後はあがりまして、無事に神輿渡御祭を完遂することができました。

当日は平日にも拘わりませず、会社を休んでご参加戴きました各町内会の宮委員各位、若鷹会各位、どべ保存会各位に感謝申し上げます。

また、お仕事を終えてから駆けつけて戴きました若鷹会の会員や、差し入れで心づくしの料理で直会に手作りの料理でもてなしてくれた彩名さん、ゆうさんありがとうございました。季節の山菜の天麩羅や鍋ラーメン、酒肴などお若いのに通好みなメニューにはいつも感心しております。

私宮司職に取りまして春祭りを皆さんと無事故で無事に成し遂げられた時程の達成感はありません。毎年、天気の心配から時間通りに進められたか、食事は足りたか、事故が無き様に、お参りに滞りは無かったかなど準備と反省は欠かせませんが、毎年少しずつお祭りが進歩して氏子の皆様に「良い祭だった」と感じて戴ければ幸いです。

神様の御神霊が御神輿に降臨されて氏子町内をドベの導き、若衆と一体となって御神幸されることにより町全体が浄化され、自然界の勢いを張り巡らせるのが我々の使命です。
今回、五色の吹き流しを祭礼威儀物として準備いたしました。
五色の青・赤・黄・白・黒は木・火・土・金・水を表し、森羅万象はこの五行に陰陽の日月を加えて循環しているので、この力がバランス良く発展生成すれば此の世の中が繁栄するという祈りを込めて掲げました。

特に春は新緑の「芽が張る」季節ですので、自然界頑張れ!みたいな感じですかね。
平成最後の春祭りも無事に納める事が出来、御世替りをおだやかに迎える事が出来て本当に幸福感に包まれてこのブログを書いております。

翌朝早朝の境内清掃もお疲れ様でした。皆さんお休みでしかもお疲れの所後始末までご奉仕戴き感謝申し上げます。皆々様方に神の神護あらんことを。