月別アーカイブ: 2017年9月

お宮で飲もう会のご案内

第21回お宮で飲もう会のご案内

宮司です。さて、楽しかった夏のBBQからはや二ヶ月目を迎える10月15日に21回目を迎える「お宮で飲もう会」の開催です。いつもは開宴前に30分間私が神道の話をして参りましたが、今回は初のゲスト講師をお招きしての開催です。記念すべき初回ゲストは富美菊酒造の代表であり、杜氏でもある羽根敬喜様です。ご存じの通り新川神社の御神酒は「羽根屋」という富美菊酒造の都市向けブランドの純米酒です。富山市百塚に酒蔵が有り、地元富山市ということで採用しております。少数限定のお酒で、富山市内の酒店にもなかなか置いていない酒です。稲荷町のアピア内のリカーショップヨシダか、その他通好みの酒を置く店のみ手に入ります。

新川神社の社紋は「違い鷹の羽」ですので、「羽根屋」とダブルミーニングで縁が深いというのもありますが、やはり新鮮で美味しいというところが選定の理由です。

酒造会社の社長が杜氏というのは実は少数派で、本来は外部から招聘する事が多いようです。その分、社長はいつも蔵に籠もっておられますが、造りたい酒を醸せる、というところが強みではないでしょうか。そのあたりの酒造りの妙を聞いてみたいと思います。楽しみです。

今回初めての参加者も大歓迎です。続き物では有りませんので。お酒が飲めなくても大丈夫です、ソフトドリンクもありますし、いろんな業種の方が来ますので新しい出会いもあります。

お宮で飲もう会は神社の境内を交流の場として、参加者が御縁を繋ぎ、それぞれに楽しい時間を過ごして御縁が広がり、新しい出会いがみなさんの人生の発展や日々の生活がより良くなっていることのきっかけとなれば良いと考えております。神様も神社も本来そのために存在し御鎮座ましますので、是非お参りも欠かさないようにしてくださいね。

みなさんが神社の境内で神気に触れて元気になってそれぞれの生活に生かされますことをお祈りいたしております。

撤下神饌(ご祈祷のお下がり)リニューアルしました。

宮司です。最近は9月らしい爽やかな晴天が続いております。暑くも寒くも無い季節は短いので愛おしいもんですね。さて、今日は予てより内々に準備を致しておりましたご祈祷のお下がりのモデルチェンジのご紹介です。

新川神社でご祈祷を受けられた参拝者に、神様の神気が籠もった御神酒と食べ物をお下げする物を「撤下神饌(てっかしんせん)」と言います。神様にお供えする物ですので、それにふさわしい物として古来から洗米・お酒・するめ・昆布などが一般的なのですが、神社によってご祭神がお好みの物がわかっている場合には縁の物が使われたりします。例えば明治神宮では明治陛下が羊羹をお好みになられたということで羊羹がお下がりの中にあるのはそういう事です。と、いうことで新川神社でも選定には気を遣っておりまして、私なりのこだわりがあります。物品選定の条件は色々ありまして、それに叶う物を選んで、定期的に入れ替えたりして常に新鮮さを保つようにしております。

その条件としては(1)御祭神や信仰に関わりの有る物 (2)神道に関わりの有る物 (3)国産品であること (4)クオリティが高いこと・美味しい事 (5)賞味期間が長いこと (6)縁起が良い物 (7)地物である事 (8)宮司がピン!と来た物 などなどです。何よりも神様の御前にお供えする物ですので、品質は元よりですが、見た目が麗しくあるようにも心配りをしたいというのが私のこだわりです。ですが、経費の事もありますので、最初の頃は手作りでのし紙を作って貼ったりして参りましたが、次第にご祈祷数も増えてきますと内職するのも大変になってきましたので徐々にクオリティの高い物に改善して参りました。

今回、パッケージデザインを一新したのは御神酒の「羽根屋」です。デザインは400年祭でプロモデザインして戴いたモトマチデザイン・トヤマさんにお願いしました。当社の社紋「鷹乃羽」と「羽根屋」。ダブルミーニングで矢羽根をイメージしたクールなデザインをして戴きました。以前は立山と新川神社は浅からず御縁がありますので「清酒立山」を採用していたのですが、酒造元が神社独自のパッケージングを会社として製作して戴けない事と、全国的にメジャーな「清酒立山」は定番として安定した人気が不動の銘酒ですので、新川神社としましては富山市在所酒蔵のお酒を応援したいということもあり、富美菊酒造の「羽根屋」を採用しました。採用するときにも数種類テイスティングしまして、少し値がはりますが「純米中汲み」を選びました。神社のお下がりで「純米酒」を出すところは珍しいと思いますが、これからの未来を照らす意味で純米酒を採用したいという気持ちで「ここは妥協するところではない。」というのが宮司の男気でありました。「羽根屋」の優秀さは私が説明する迄もありません、品薄で限定品ですので富山では稲荷町アピアショッピングモール内のリカーショップ吉田で購入出来ます。あ、そういえば10月15日の「お宮で飲もう会」に羽根屋の社長に講義してもらいます。「羽根屋」は酒通にも評価が高く、私的には「面白い味」がする酒です。冷やでも、常温でも、食べ物と合わせての酒と色々その場によってテイストが変わりますので。

さて、次は品目の入れ替えです。先ずは永年採用して参りました、神道で重要な「浄め塩」から、正反対のテイストであります「蜂蜜」への、モデルチェンジです。以前は塩、といえば赤穂の塩をここ20年採用して参りましたが、県内産の物で塩を探したのですが、結果無くて。これもずぅーっと考えていたのですが、家の氏子に大場養蜂園(http://www.ooba-beekeeping.co.jp)の蜂蜜を撤下神饌にしたいと思って、何度も店主(氏子の中でも代々の御崇敬の篤い篤志家)と相談の末、終にコスト面をクリアした商品がリリースされましたので即、採用させて戴きました。一口はちみつ。国産は高価ですが、やはり神様には最高の物を。パンや珈琲、紅茶、ミルクなど飲み物にもトッピング出来る携帯サイズですので重宝すると思います。写真を見て戴けるとタグに色分けがありますのは、蜂蜜採取花別に紫は藤、赤はレンゲ、紺はアカシア、黄色は黄檗、だいだいいろは水島柿などなど。その都度物が変わりますので味の違いが楽しめるという企画です。以前にお祓いして戴いた時の蜂蜜と一緒だー、というときは変えてあげますのでご遠慮なく神主に言ってください。

さて、最後は、以前は福豆を永年採用して参りました。これは当社の御祭神「厄除け」の御利益の品として採用して参りましたが、この度より食べやすいものをということで、白エビと甘エビの紅白えびせんパックを採用しました。豆は縁起的には良いのですが、ご高齢の方々には食べにくいですし、果たしてどれだけの人の胃袋に消化されているのか?という疑問を家の母親の言霊からお諭しをいただきましての採用でございます。いや、食べやすくて美味しいですね。それに軽いですし。酒のつまみに最高。子供のおやつにもいけますし。蛯は元々、長寿の縁起物ですし。富山特産の白エビと甘エビ(金沢港水揚げ。まぁいいでしょう)のコラボ。

これでようやく私のこだわりである八つの掟に叶う物で満たされました。今現時点で新川神社史上最高のラインナップが揃いました。

是非、新春の家内安全・厄除け開運・社運隆昌・縁結び・金運・不老長寿・仕事運隆昌・学業合格祈願・成人式は新川神社で。

 

今後の行事予定 稲刈り・神仏かふぇ。・七五三。

宮司です。本日は爽やかな晴天に恵まれ、立山連峰も綺麗に眺める事が出来ました。台風一過、多分雄山頂上からは富士山が見えたのでは無いでしょうか。

さて、今月末も行事が続きます。稲刈りは稲の生育状況と運動会の関係で9月30日(土)になりました。田植えに参加出来なかった方もご遠慮なく参加出来ますので是非日本の原風景を親子で体験してみて下さい。

それと翌日ですが、神仏かふぇ。も近づいて参りました。今回は「音」をテーマに入れていますので、神仏の「音」を体感してみて下さい。勿論、Q&Aも毎回の通り致しますので悩みスッキリしたい方、どうぞ。和尚さん優しいので、いきなり「喝(かーつ!)」とどやされるわけでは無いのでご安心を。

まだ9月なのですが七五三のご依頼が早くもあったりしますのでご案内です。一応10月からとしておりますが、9月でも対応しております。年々早くなってきてるような気がしますが、混み合うよりも余裕をもってご奉仕できますのでノープロブレムです。当社は一組ずつ、完全予約制でご奉仕いたします。写真撮影も出来ます。神主がカメラマンもやりますのでお気軽にどうぞ。新川神社はアットホームな七五三を目指しておりますので、ゆっくりと家族だけでお参りしたい方は良いんじゃ無いでしょうか。

 

9月2日富山県神社庁主催:雅音楽祭参加

宮司です。ご覧いただきましたように8月はお盆前後は怒濤の行事のオンパレードでして、トドメを刺すように今年で9回目になります、「雅音楽祭」に参加いたしました。好天に恵まれ、大勢の観客に神社や神道、普段ふれあうことが無い神主さん達との交流も出来る、「THE JINJA DAY」です。外国人観光客を招致出来れば、絶対ウケると思うんですがね。富山ならではのイベントです。

今年は新しい趣向として、富山国際職藝楽員や寺社建築の森田建設、酒井匠工務店、長田神具店などが実演、展示を戴いた事、人力車の体験が出来ること、モダン神棚の展示等新しいコンテンツが有り、毎年のリピーターにも楽しんで戴ける内容になっていました。来年は10回目ということで、何か特別な事でもあるかどうかはお楽しみに。

 

8月夏の思い出・其の五 鷹乃羽雅楽会温習・第二回古事記に親しむ富山中巻下巻完読編

宮司です。8月の活動報告も此で最後になります。古事記に親しむ富山中巻下巻完全読破編は8月28日(月)午後1時30分から昼の部、30日午後7時から夜の部を開催しました。中巻に入って二回目と言うことで、神武天皇東征のところで、丁度旅行に行く奈良の橿原で御即位される部分ですのでナイスタイミングな場所です。鷹乃羽雅楽会の温習も全体温習で平調5曲を併せる訓練をしております。三管が寄り添って良い演奏が出来ますので、合奏に時間を多めに配っていきました。8月6日、8月27日、2期生は午後6時30分から8時、1期生は8時から9時30分までの温習ですが、少しずつ進歩の様子は窺えますので更に研鑽して参りましょう。

8月夏の思い出・其の四:若鷹会主催 お宮でBBQ

 

宮司です。今年もパワーアップして若鷹会の通算20回目になるお宮で飲もう会の「お宮でBBQ」がj開催されました。若鷹会のHPにその様子がアップされていますのでそちらを見て戴きたいと思いますが、今年のトピックは「流しそうめん」でしょう、なんと言いましても。子供も楽しそうで何よりです。幸い、旧の社務所が今は倉庫として未だに機能していますので何かと都合が良くって助かります。丁度、流しそうめんの水源として高さも良い感じでばっちりでしたね。流しそうめんの設営は小川頭の知り合いの建設業者がいらっしゃいますので、建築設計士さんや雨樋の業者さんや大工さんなどその道に長けた人材豊富な若鷹会ですので流石のお仕事でした。

また、今回も生牡蠣の差し入れやそうめんの薬味やつゆに至るまで手作りで差し入れ戴きました彩名ちゃん、いつもありがとう。また、本年初ですが大きな鯛を差し入れして戴いた関口さん、有り難うございました。大きな鯛ですが炭火で塩焼きにすると余分な油が落ちて、本当に美味しかったです。鯛もああやって炭火で焼くと美味しいですね、個人的にヒットでした。あと、色々とビールの差し入れ、漬け物、その他色々と差し入れ戴いた方々も有り難うございました。今回は最後まで皆さん満腹で満足戴けたようですね。

暑い夏ですが神社の木陰は意外に涼しく、子供達のスイカ割りや流しそうめんに夢中になる笑顔が何より楽しんで神様もご覧いただいているのでは無いかと思います。

8月夏の思い出・其の参:8月18日四方神社・栂彦祭奉仕

四方神社・権禰宜でもあります宮司です。本年も恒例の家内の実家である四方神社の栂彦祭に奉仕して参りました。四方神社では禰宜が家内、その部下が権禰宜の私になりますので序列が反転いたします。舩木家では家内は嫁、四方神社の宮司家である栂野家では私がむこ殿であります。むこ殿で権禰宜の私は、宮司さんと禰宜さんが祭典奉仕しやすいように、前日から境内清掃や当日は提灯の設営、音響の設営、提灯の蝋燭の管理、後片付けなどに専念いたします。どんな仕事でもそうですが、段取り9割で本番1割ですので行事の成功はどれだけ準備を追い込んで仕上げることが出来たかにかかりますので、気が抜けませんが、今回は雨でしたので本殿の中で祭礼をして、奉納行事の頃には晴れましたので良かったです。清興は四方出身の蛯谷さんが率いるちんどん屋「まいどはや」です。富山のチンドンコンクールで最優秀賞を受賞され、ハクを付けての奉納でした。

8月夏の思い出・其の弐:8月10日・11日白山比咩神社開山1300年祭奉仕

 

宮司です。9月も半ばとなり、ようやくブログを書く気持ちの余裕も出来たところで8月の事柄をアップします。私的にはこのブログは社務日誌みたいなものですので、遅くなろうともその年のトピックとか活動写真を上げておくと、後々過去の事柄を知りたいときに便利なんです。iphoneでアクセスすればいつでも何処でも見られますからね。

と、いうことで何たることか、御縁がありまして8月10日午後2時からの白山開山1300年奉祝大祭と翌日11日の午前10時と午後2時に斎行されました白山開山1300年奉祝慶賀祭に石川県の礼楽研究会の代打として人長舞・其駒を舞って参りました。本来は石川県の方が舞う予定だったのですが、身体的な都合で急遽代わりを務めてきたという事です。6月に若鷹会で正式参拝させて戴いたばかりですので、これはたぶん比咩神様にお呼ばれされたような気がして、勝手に喜んでおります。

多分、富山県人の私が白山比咩神社の御神前で、しかも開山1300年のプレミアムイヤーですからね。新川神社に御祭神としてお祭りされていらっしゃるので尚更元宮でお仕えする事が出来たのは身に余る光栄でした。とにかく舞殿が広く、しかも冷房が効いていますので、気持ちよく舞えました。収容人数400名の拝殿に満員で、それを二日間で3セットですから1200名が参列されたことになりますね。さすがに凄い人でしたが、良い意味で緊張はしなかったです。緊張するんですが舞を舞うことだけに集中出来ましたので、出来はともかく、ベストな状態で舞えたと思っています。最初に背中に刺した「笏」が落ちてしまいましたが、他のもんで無くて良かったですよ、時計とか。そこだけ一瞬焦りましたが、多分一生の思い出に残る、神主冥利に尽きるご奉仕でした。

9月9日・10日、古事記に親しむ旅、行ってきました。

 

 

宮司です。予てより念願の古事記に親しむ旅(大和編)は26名のご参加をいただき、無事に帰って参りましたー。感無量です。また、ひとつの目標であった夢が結実いたしました。
顧みいたしますれば、最初は富山市中央倫理法人会のモーニングセミナーでの講話をきっかけに有志より「神道に関する勉強会を開催できないか」との依頼を受け、平成22年2月より月1回のペースで古事記の素読会を開講、5〜6名が我が家の座敷で読み始めてより7年目にして古事記に登場する旧跡を巡る旅をいつかしたいと私自身が感じて居ましたが、こんなに大勢の方々と参拝旅行を独自に出来るまでになるとは其の当時は思いもしませんでした。
今回の旅行は古事記ゆかりの名社4社すべて正式参拝という、神社庁の旅行でもそこまでしないような、硬派な参拝旅行に敢えて組みました。
初回ということで、先ずは正式参拝という普段なかなか経験されないであろう参拝で御祭神にきちんとご挨拶をしたいと言うことと、各場所1時間30分の滞在時間を置き、宮司さんから縷々お話しをお伺いすることに目的を絞りこんでみました。
幸いに晴天に恵まれた二日間でしたが、少し蒸し暑く、結構歩きましたので参加者の方々はお疲れの事かと思います。参加者の中で一番若い私の長男も「神社参拝がこんなに大変だとは思わなかった」との感想。やはり正式参拝は張り詰めた緊張感のある時間ですので。
ですが古事記を素読するというマニアックな企画に参加される方々には、どうしても押さえておきたい神社と古墳でしたので、大変な思いをされたと思いますが、身に有り余る「御神気」をいただかれたこと、間違い無し、と確信いたしております。

今回は金岡英治総代会副会長を団長に、初日は最古の神社である大神神社とこれまた最古の古墳である箸墓古墳に参拝しました。
大神神社では私が東京で神職の資格を取るために國學院大學に入学して通学しながら明治神宮研修生として修行時代に一年間だけでしたが寝食を共にさせて戴いた平岡雅彦さんに境内をご案内戴きました。
年上ですが気さくなお人柄で、宿直の夜な夜なお酒を飲みながらいろんなお話しを聞きながら、中でも其の当時まだ今ほどの大ブレイク状態前の村上春樹さんの「1973年のピンボール」を薦めていただいたと記憶しております。今でもたまに読み返したりします。懇切丁寧なお話しとご案内、誠にありがとうございました。

本殿正面に向かいますと神体山でありますお山から吹き下ろす冷ややかな風がありまして、まさしく「御神気」。神様の息を身に浴びるような感じがしてすごいです。これは昇殿参拝しないと感じられないことですね。ちなみに私は20年前からの大神神社崇敬会の会員でございます。

宿泊は橿原神宮のすぐ近くの橿原ロイヤルホテル。
宿泊受付をしておりましたらなんと、懐かしい石清水八幡宮の笠井神楽の笛方で青年会で色々活動を共にさせて戴いた奥村泰輔さんが会いに来てくれました。
私よりずぅーっと年上なのですが気さくなお人柄で、公私ともにバンドや仕事や青年会で親しくも楽しい日々を過ごしました。久しぶりに小一時間、酒を飲みながら昔話をしましたが、本当に青春時代の甘酸っぱい物がこみ上げてきました。

昼の部と夜の部の参加者が初めて一同に回する機会は今まで無かったので、宴会では1分間スピーチで今日の感想をいただきました。

明けて10日、最初に日本国の始まりの場所、橿原神宮に正式参拝。ここでも思いがけずに京都時代に御縁がありました長倉健一権禰宜様がご案内をいただき、懇切丁寧にお導きをいただきました。
畝傍山の麓にて優しい初秋の風が吹き、此所でも厳粛な「御神気」をいただきました。
参拝後は宝物殿にもご案内戴き、古事記にも記されていた神武東征の御業績絵図や頭椎の太刀など拝見することが出来ました。
頭椎の太刀は想像よりも実物はかなり長く大きく、これを帯刀するには大男でないと・・・などと、あれやこれや古に想いをはせるのも興味深いですね。

次に多坐弥志理都比古神社(おおにますみしりつひこじんじゃ)。何回読んでも噛んでしまいます。
社名のいわれは「多」の地に御鎮まりになる「身を退いた」皇子様をお祭りする神社。ということになるそうです。すなわち、主祭神でいらっしゃいます「神八井耳尊(かむやいみみのみこと)」。多一族の祖神です。
宮司さんも多家の末裔が代々ご奉仕の由緒正しき古社です。古事記編纂の命をお受けになった文官である太 安万侶(おお の やすまろ)大先生を御祭神に合祀されているそうです。
境内摂社の木杜神社にも祀られているのは、時代の推移により、鄭重にお祭りしたいという当時の祖先の志があっての事だと思います。
古事記を読む者としては一生に一度は必ず参拝すべき神社です。
今の日本語の文字遣いの原型を編み出された太 安万侶さんの末裔である多宮司さんから直接に色々とお話しをお伺いすることが出来る。なんと素晴らしい体験でしょうか。
古事記の素読会を主催する者としてようやくお参りできて感謝することが出来て良かったです。

ここでもなんと、京都の石清水八幡宮青年会でお世話になった林さんご夫婦が面会と差し入れにお越し戴きました。
先月のBBQご参加に引き続き本当に有り難うございます。
関西の方はやはり情に厚いと言いますか、なんとも気さくで親しみのある人柄の方が多くて本当に心が和みますし、私も今後も常にそうありたいなぁと思いました。

さて、昼食を挟んで最後の参拝先は、これも古事記を読む者にとっては最終目的でもあります、語り部の最高峰「稗田阿礼」を主祭神とする賣太(めた)神社。
稗田氏は天岩戸開きに活躍する元祖巫女神である天鈿女命の末裔。やはり血筋なんですかね、エンターテイメント系の才能は。
父方は猿田彦命になりますのでかなりキャラの濃い御祭神の神社です。
境内に入りますと女性がやたらに足など気にしているようで、蚊に刺されまくっておられました。男は背広を着ておりますのでガードされているのでそうでも無かったのですが。後で聞きますと、稗田地区は古代からの環濠集落で廻りに水があるので蚊のメッカだそうです。どうりで。
参拝後は冷房の効いた社務所で女禰宜さんより御由緒と御祭神、古事記の講義をいただきました。
古事記の原本の複製本や当時の木版の発刊本、本居宣長の古事記伝の本物など拝見する事が出来た事が参加者も良い経験だったと思います。

全行程を終えて、時間通り午後9時30分に参集殿に無事到着しました。
バスの中でも行きは竹田恒泰先生の「古事記講義入門編」を観て予習をし、帰りはリラックスタイムで富山・高岡出身の化学者である「高峰譲吉」の生涯を綴った「さくら さくら」と、観光バス装備映画の定番「幸せの黄色いハンカチ」を上映。
新庄の交差点を過ぎたぎりぎりのタイミングでエンディングの場面である黄色いハンカチが風にはためく場面を迎えることが出来て、私の中で追悼・高倉健さんが出来て安心しました。

何しろ、今回の旅は晴天に恵まれ、参加者も元気で楽しく過ごして戴いたようで何よりでした。
私はつねづね、古事記を読む前に「皆さん自身が28歳の聡明な語り部。稗田阿礼になったつもりで読みましょう」と申し上げてから読んでおります。
この素読会の最終的な目標は現代の「語り部」に成って戴く人を増やすことだと感じております。
古事記の序文で太 安万侶大先生は稗田阿礼の事を最大の賛辞でこう綴っておられます。「時に舎人あり。姓は稗田、名は阿礼。年は28。人となり聡明にして目に渡れば口によみ、耳に触れたなら心にしるす。」
私、この表現が凄く好きです。

私の勝手なイメージですが稗田阿礼は「若くて性格もルックスも共に優れていて聡明な人格者で、一度目にした文字や書物はすべて本当に現場を見てきた様にリアリティ豊かに語ることが出来て、人から聞いた話、口伝の物語は一度聞いたならこれまた自分がその場に言わせたかの如く、感情を込めて言葉尻だけでは無くてその魂までも乗り移ったような、神がかった様に語ることが出来た」と感じて居ます。
そのような気持ちで稗田阿礼になりきったつもりで読む事をお薦めしておりますし、最終的には古事記に親しむの参加者お一人がお一人が語り部となって大和心を伝えていく伝道者になって共に先祖から受け継いだ日本を引き受けて行きたいと思います。

霊験の強いお社と最古の古墳に参拝し、かなり強力な御神気を急激にたくさんお浴びになられましたので神懸かりに成られはしないかと逆に密かに心配しておりますが、皆さんお元気でお過ごし下さい。

末筆ながら今回の旅行でも広報部長の川嶋一人さんに無理を言って同行をお願いしました。御陰様で素敵な風景と御神気あふれる大和路を画像として納めていただきました。いつもながら感謝申し上げたいと思います。
また、今回の旅行のアイデアをいただきました米山さんと参加者の皆さんに深く感謝申し上げたいと思います。

8月夏の思い出・母校國學院大學オープンキャンパス参加旅行

宮司です。一ヶ月の間が空いてしまいましたが、充実した夏を過ごしておりました。夏は夏で色々とイベントが目白押しで、その締めであります「古事記に親しむ旅(大和編)」が明日出発ということですので楽しみです。

さて、長男が高校3年生ということで受験年ということで我が母校・國學院大學オープンキャンパスに倅と二人で東京の旅をして参りました。8月4日から5日の一泊二日、初めての二人旅と言うことでしたが楽しく行って参りました。色々と普段はしない話や、倅の行きたい場所を訪ねたりして、私自身も大変楽しめました。卒業以来初めてでしたので30年振り、校舎も新築され、すべてが刷新されていました。大変おしゃれな今風のカレッジに成っていましたが好感が持てました。これなら私が行きたい。充実した図書館や、見学自由な考古学博物館も併設され、目を見張るような充実した大学に変貌しておりました。OBとしては卒業生として誇りに思える大学に進化していたことが嬉しかったです。

模擬授業で史学科の講義を受けました。國學院大學の史学科といえば偏差値が高いことで知られていますので興味津々でした。神道文化学部という学部ですが、昔は神職の資格を取るための学部のようでしたが、現在では日本文化としての神道を学問として学んだり他国の宗教・文化を研究する学問としての幅広い目線が感じられました。国際化社会の中での我が国独自の精神文化を明らかに追求する所として興味深い講義があり、時代は変わってきたなぁと感じました。

ひとつ、嬉しかったのが、私たちの頃は主に座学中心で、神職の資格を取る物は祭式作法と神社実習が夏休み期間にあるだけでしたが、現在は学生中心の雅楽会があり、観月祭を催して学生時代から雅楽を習得する事が出来ること、また課外授業として新川神社も開催している「田んぼ学校」のお手伝いなど、実際に神社に奉職したり、神職になったときに必要とされるスキルを養うプログラムを盛り込んでいることです。今現在新川神社でも「鷹乃羽雅楽会」と「田んぼ学校」、そして「古事記に親しむ富山」をしていますので、卒業して現場で即戦力になるような神職を育てている事は重要な事だと思います。

さて、1日目のオープンキャンパスを終えて、午後4時ころから夜は予定が無かったので、宿に入り、倅に「何処か行きたいところ有る?」と聞けば「すがじんじゃ」に行きたいと。なんで?と聞くと「君の名は。」の聖地巡礼地で有ると言うことで、調べてみると近くでしたので早速行って参りました。スマホのナビゲーションを頼りに、今一番世間で有名な階段、主人公がシーンのラストですれ違う場所が「須賀神社」の表参道の階段でありました。行ってみるとやはり聖地巡礼者が平日の夕方にも拘わらずに5組ほど居ました。良く聞くと聞き慣れない言語でしたのでほとんどがなんと「外国人」でした。外国でも有名なんですね〜。あの映画は倅達が夢中で飽きずに何回も映画館に通っていましたので、私も観て参りまして。神主の娘が主人公なんですね、興味深い作品で「神道的な何か」が根底に流れている作品として息子達が夢中になるのは良いことだとも感じておりましたので、私も素直に同行出来たわけです。須賀神社で一時を過ごした後にどこかで夕食でもと聞けば、倅からのリクエストでこれも聖地巡礼の場所として有名な主人公の瀧君がバイトしていたカフェレストランへ行きたいと。調べてみると須賀神社から近くで歩いて行ける距離でしたので、テクテク歩いて行きました。このレストランでは主人公の高校生が憧れるバイト先の先輩である奥寺さんとの場面があるところですので、そんな話をしながらいずれは素敵な女性を連れて来られよ、な〜んて話しながら「たそがれ時」を過ごしました。

次の日は午後からのオープンキャンパスに参加でしたので午前中はフリーでした。倅に聞くと、六本木って近く?というので何処に行きたいのか聞きますと「国立新美術館」。此所もやはり「君の名は。」で瀧君と年上の憧れの女性とがデートする場所。そこのカフェで昼食を食べてきました。そう、映画のストーリー通りに。倅にとって違うのは目の前にいるのが綺麗な奥寺先輩では無く、この「親父」。お昼前なので誰も居ない店内に入り、ウエイターの青年に映画で主人公達が座った同じ席に案内されて感動している倅の前には座らずに斜め横に敢えて座って、「同じ席だけど目の前が綺麗なお姉さんじゃ無くて親父でごめんな。遠慮して正面は外すわ」といえば、「いやいや、そんなこと、ないっすよ」と気を遣った返事。次回は是非、無事に大学に合格して東京の生活に慣れて、素敵な女性とまた来て貰いたいもんです、親父としては。「そういえば、親父と最初に来たなぁ〜」と思い出してくれれば有り難いです。

ということで二日目のオープンキャンパスを終えて、明治神宮に参拝し、無事の合格をお祈りして帰路につきました。倅との二人きりの旅で、私の大学時代の事やいろんな事を息子と話せましたので多分一生の思い出になる、とても良い旅行だったと思います。