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平成30年2月19日祈年祭・鎮火祭奉仕

宮司です。久しぶりの豪雪で毎朝雪よかしの日々でしたが、ようやく一段落したようです。昨年の2月19日の朝、現在の名誉宮司つまり父親が宮司交代の意思表示をして以来、宮司交代後初めての祈年祭・鎮火祭奉仕と言うことでこれで一通り宮司としての祭典奉仕を経験したことになります。祝詞も浄書しまして心新たにお祈りいたしました。

この祈年祭・鎮火祭の祝詞は、平安中期の法典で延長五年(927)に完成した「延喜式(えんぎしき)」に掲載されている祝詞を奏上いたします。些少現代に合わせて新川神社に即したアレンジは施されていますが、ほぼ内容は原文通りです。ちなみに祝詞の元は祖父の祝詞を書き写しておりますので新川神社の神様も聞き慣れた文体では無かろうかと思うわけです。

千年以上前から祖先が奏上した祈りの言葉を先祖の魂と共に一体となって同じ神々にお祈りするという立場に有る者として、過去と現代、そして未来に繋がっているところが日本の神道の凄いところだと改めて感じます。

新庄町の農家である生産組合から献穀を戴き、直会も氏子の料理屋・浜木綿から松花堂小鉢の酒肴をご準備戴きまして直会を致しました。

お供えのお米は田んぼ学校で子供達と育てた神饌田のコシヒカリをお供えいたします。積雪の年は豊作だというジンクスがありますので本年も自然災害の無い、穏やかな一年でありまして、五穀豊穣、皇室の御安泰、工業、商業ありとあらゆる事業の発展と国の隆昌をお祈り申し上げました。

併せて、新庄町から火事が1軒たりとも出ないようにお祈りを致しました。残念ながら我が新庄町でも数年に何件か火事があります。しかも鎮火祭を奉仕する2月あたりに消防車が出動することが多いので火の扱いに慣れてきたこの時期に油断から起きやすいのでは無いかと想像しておりますが兎にも角にも火の用心、心がけましょう。

平成30年度第5回寒中みそぎ・鎮魂行法錬成会、無事終了。

お久しぶりです、宮司です。ようやく私にとってのお正月が終わったような気分です。安堵感と、心地よい達成感を得て、ブログを書ける日が何よりも楽しいことで有ります。今回のみそぎは、年々参加者が増えて参りまして、60名を越えますと禊ぎ場も参集殿もキャパシティーオーバーで、狭いところでやると怪我の要因とも成りますので限定60名で開催させて戴きました。参加者は一ヶ月以上前の12月中旬で満員御礼状態でした!今時の若い世代のチャレンジャーがこんなにたくさん居ることを嬉しく思いますし、一人でも多く神道の神髄を経験して戴きたく今後共工夫を凝らして開催していきたいと思います。本年は過去最高の寒さで残雪、水が凍る氷点下の水をかぶる事になりましたので、導師としても時間を考慮しながら進行に気配りを致しました。この日は寒くとも天候にも恵まれ、全員無事に行を終える事が出来て何よりでした。

冒頭の座学の時間に「何故、行をするのか?」という問いかけをさせて戴きました。「みそぎ」や「滝」、「座禅」や「写経」など神道、仏教問わず「行」があります。最初は好奇心や興味などで門を叩かれるのは、それはそれで入り口としては良いのですが、「行」をする事が目的になってしまっている様に感じる事もあります。最近は「滝行」が流行っている様で、マニアックに評論家みたいな感じで「あそこはどうで、あそこはたいしたことない」とか、なまじ教養がある人がお話になっていることが有りました時に、私自身「?」と感じたことが有ります。何を信じるかとか、何に帰依するとか、参拝する場所とか、何の行をするかとかは、個人でピンと来る、相性が良い物を選べば良いので、優劣を論じても意味が無いような気がしました。

みそぎと鎮魂作法を体験することにより自らの魂を浄め、生命力を高めた魂を自らの丹田に納めるのが神道のみそぎ行です。みそぎで新たな生まれ変わった魂になり、他の人々に元気を分け与えてあげる、弱った人を助けてあげる事により世の中を良くしていくことが行ずる意味だと云われます。みそぎは唯一人自分だけを清めるにあらず、自然と一体となって世界全体を清めるところに奥義があると伝わりますので、先ずは身近な家族から始めて、少しでも世の中を浄く明るくして戴ければ新川神社の神々も皆さんを応援してくれるはずです。そう願っております。

また、「年に一度みそぎをすれば、一年間大丈夫だ」と思いがちですが、やはり日々の日常もすべて「行」であることを昔から云われます。神道の格言で「それ神道と云は、人々日用の間にありて、一事として神道にあらずと云事なし」(度会延佳・陽復記)というものが有ります。

毎日の生活、洗顔も歯磨きも手洗いもみそぎですし、部屋の掃除や整理整頓も「おはらい」です。そう意識して、日常の事も「神道の行」だと云う意味だとおもいます。

人生において、仕事や結婚生活、育児もそれぞれが人生という「行」ですから魂を磨き浄める為の現象だと考えれば、辛いことも意義有る事として乗り越えていくしか無いですね。

是非、毎朝神棚にお参りをして日々、みそぎを終えたときのすがすがしさを維持出来るようにお勤めいただければと思います。寒中みそぎ・鎮魂行法錬成会に参加されました方々の人生が益々有意義で充実した日々で有られますことを鎮守の杜よりお祈りいたしております。