日別アーカイブ: 2019年10月17日

10月13日鷹乃羽雅楽会温習

宮司です。台風19号が心配されましたが、富山の方は13日には通過しているとの予報でしたのでスケジュール通りに開催致しました。ですが、東北・信越・関東が今のような惨状になっているとは思いもしませんでした。

鷹乃羽雅楽会は本年3月から第3期生を募集して新しいお仲間が増えたところですが、愈々10月19日は新川神社秋祭の「奉納演奏」を迎えます。

3期生は初舞台、ということで緊張されるとは思いますが、1・2期生と一緒に演奏しますので大丈夫。練習の成果を神様にお聞かせいただければ宜しいのです。今現在がいたらなくとも、来年、再来年とじょじょに上手くなっていく様を神様が感じていただければそれで良いと思います。

御神前で演奏する事や人前で演奏する事が上達の原動力となります。女優さんも人に観られる職業だから自分を磨くことを怠らないように、我々も神仏に捧げる「音のお供え物」である雅楽を奏する喜びを楽しんでいただければ幸いです。
音楽を演奏する人にとって神前奉納とは名誉なことですからね。

演奏曲目は「平調音取」「平調越殿楽」「五常楽急」「盤涉調音取」「盤涉調越殿楽」ほかです。
午後7時から、本殿にて演奏です。ご自由に見学できます。

令和元年10月6日第29回お宮で飲もう会開催 ー新庄町パワースポット説ー

宮司です。お宮で飲もう会もはや29回目ということで感慨深いものがあります。
今回の飲もう会の企画をする若鷹会の役員会で開始30分の枠に何をするか、アイデアを出します。
ゲストだったりその時の時流に合わせたテーマなどですが、今回は昨今異常気象と言いますか、観測記録上初の・・・というフレーズが多く、自然災害に対する防災意識の向上が叫ばれている昨今。新庄町、新川神社の歴史も自然災害との戦いですので新庄町の洪水の歴史、新庄城にまつわる戦国時代の新庄の話、上杉謙信が新庄城を拠点にして富山城の一向一揆と戦った話、金岡邸の主である金岡家の事について、新庄町を中心としたテーマを宮司さんに話しして貰おう、というご提案を戴きました。即、わかりました、と返事いたしまして、これは私の持論である「町新庄パワースポット説」をぶちかませば良いな、と構想はすぐ浮かびました。

しかしながら、戦国時代の富山の戦況というのがひじょーに複雑でして、これを30分の枠にどう入れるかが課題ではありましたが、私自身、此所はこのいただいた機会を利用して自分なりに再度読み込んでみようと思いました。

実は予てよりこの町新庄の戦国時代に関しましては書籍や歴史展などリサーチしておりましたので先ずはその書籍2冊を読み込むことにしました。

其の2冊とは平成29年9月から11月12日まで富山城跡が富山市郷土博物館になっておりまして、そこでの企画展「特別展 謙信 越中出馬」の資料本です。当日展示されていた物全てが写真と解説付きですので、すかさず買って帰りました。映像なども取り混ぜての展示でしたので新庄町に関する史料もあり、興味深く拝観いたしました。

もう1冊は「越嵐(えつらん)」という本で、これは金岡家の金岡純二様に寄贈いただきました。
著者の盛永宏太郎氏は金岡家と縁戚に当たられると言うことですが、ある日突然金岡純二様より「宮司さんの顔を見たくなったから行ってもいいですか」と、信じられないような光栄なお言葉を戴いて、即良いですよ、ということで参集殿でお待ち申し上げて居りましたら1冊の本をお持ちに成り、「これは私の縁戚の物が趣味で書いたのだが、新庄町の事も触れて居るので、宮司さんに1冊差し上げる。宮司さんは新庄の地域のことを伝える使命を自覚しておられる様だから。」という旨の身に余るもったいないお言葉も戴きました。

この本は正に戦国時代の北陸の武将の活躍のことを描いた物語りで、年代順に物語りが進められ、しかも最後の方には人名・地名索引が付いているので北陸戦記物語以上に史料道しるべのような機能を有しているので、その時代の場面を体験しているような感じになり、スラスラと読めました。しかも全ての漢字にふりがなが記されており、どうしても戦国武将の名前は普通に読みづらいのでわかりやすく読めました。

あとは上杉謙信の物語としてコミックですが「雪花の虎」がありまして。実は上杉謙信は女性だった!という想定の上杉謙信物語りですが、コミックは史実に基づいて作話していますので、大筋がわかりやすく掴めますので、いきなり戦記本を読むのも辛いので、私はコミックも積極的に活用します。

演題は「宮司が伝えるわたしたちの新庄についてー新庄パワースポット説ー」と副題を付けてスライドにて話をしました。
第1には明治天皇様が新庄で御休憩された事、そのお供の方々が錚錚たる面子と800名にもなる行幸だったこと。明治天皇様御使用の手水鉢が現在新川神社宮司家の前に移設された経緯など話しました。

第2には新庄城にまつわる話として上杉謙信と一向一揆の流れと尻垂れ坂の激戦の話をしました。

第3には新庄町と洪水の話、常願寺川の治水の歴史、飛越大震災と跡津川断層、立山カルデラの話をしました。特に常願寺川の氾濫を治水すべく、明治時代に川の流れを真っ直ぐに変えるという大工事をオランダ人技師・ヨハネス・デ・レイケの指導によって成し遂げられた事が今日の治水に繋がっている事をお伝え致しました。

まさか、この時は一週間後に台風19号の甚大なる洪水被害が東北から関東、信越各所で起こるなどとは思いもしなかったです。
今、被災地の悲惨さを拝見する度に、400年前の新庄町はまさにこのような事態であったことを思わざるをえません。被災地の方々には心よりお見舞い申し上げたいと思いますし、なにくそ根性で1日も早い普通の生活に戻れるようにお祈りいたしております。

新庄町は太古の昔から交通の要所であり、戦国時代は戦略の要所で有り、人も町も新陳代謝が起きる場所です。町全体がパワースポットだと感じるのは町全体が十字路(クロスロード)なので色々なパワーが集まり交流するところだからです。しかも「新庄」の交差点は「変速五叉路」と呼ばれる十字路より一本、道が多い交差点なんですよ。

(1)明治天皇北陸御巡幸の際、御休憩される。
(2)上杉謙信、新庄城(太田新城・辰城)より富山城の一向一揆を攻める。
(3)富山県初の水力発電所(パワーステーション)建設(金岡又左右衛門)

金岡又左右衛門さんは薬業で成した財源を元に、火力発電が主流の時代に、洪水で被災した歴史のある新庄の人らしく、敢えて水力発電を選択し、治水と発電を両立させようとしました。

歴代天皇の中でも始めて近代化の御代を治められた明治天皇、戦国武将の中でも名将の誉れ高い上杉謙信、そして富山初のパワーステーション(発電所)事業を始めた金岡又左右衛門さん。
このお三方がキーパーソンとして新庄町に足跡を残して居られる。これが町全体が力のハブ、結束点として機能しているパワースポットであるというのが私の持論です。今でも新庄町には色々な企業が本店機能を移してきたりしています。

最後に、宮司が皆さんに伝えたかったことは「新庄なにくそ根性」です。
現在も昔から新庄町に住んでいる人は洪水で流されてもこの新庄町に留まり続けた反骨精神の強い遺伝子を持っていると思います。昔から新庄は「ガラが悪い」とか、「ヤンキーの町」はそのせいでしょう。大体、水辺の民は気性が荒いですよね。
ですが、新川は荒川とも読めますし、新しい川の流れを作る場所に住む我々「新庄もん」は何があっても「なにくそ根性」を忘れずに現世をたくましく生き抜く人でありたいです。先祖達が洪水後の荒れ地を耕して麗しい水田を取り戻してきたように。

宴会の部では何時もの如く、色々な差し入れをいただきましてありがとうございます。
皆さんの心からの差し入れのお陰で、会費3,000円では考えられないような美味しい物が戴けます。
貫江総代会長からは奥さんの漬けた漬け物、鍋を用意いただいた彩名さん、酒肴を料理して持参いただいた九曜さん、その他お酒の差し入れなど有り難うございました。
何時もの通り、宮司セレクトとして羽根屋・富美菊のニューモデルと勝駒の純吟。

梅酒のリクエストがありましたのでまだ早いかなと思いましたが本年の6月6日に漬けた御神木の梅酒を振る舞いました。本年は3樽漬けましたので、12月のお宮で飲もう会にも出せます。昨年もそうでしたが我ながら良い出来です。もう色も付いていますのでイケると思います。

 

9月の古事記に親しむ・日本書紀に親しむ

9月はいよいよ古事記の中巻・下巻完全読破コースのゴールの回でした。
9月25日午後7時から古事記夜の部、30日の午後1時30分からは古事記昼の部、
同日の午後7時から日本書紀の夜の部です。日本書紀の昼の部は令和2年春開催予定です。

来年令和二年は西暦2020、日本書紀撰録1300年記念の大きな節目です。
古事記も2回通り素読を終えましたので、改めて上巻からスタートです。

いずれも昼の部は午後2時〜4時の開催時間に変更いたします。夜の部は午後7時〜9時で変わりません。主婦の方は余裕を持って参加出来ると思います。

10月は皆勤賞、通読された方に認定書、参加賞の授与式と「古事記あれこれ」ということで質疑応答など、今まで時間が取れずに聞けなかったことなどで締めたいと考えております。
3年間の長い間お付き合いいただきました参加者の方に感謝申し上げます。参加者がいらっしゃっての素読会ですから来年からもエンドレスで続けて参りたいと思います。

令和元年9月28日(土)田んぼ学校稲刈り祭斎行

宮司です。本年の稲刈りの日時は住民運動会の為、土曜日に繰り上げて行いました。が、この日は小学6年生の中学校での入学体験授業参観日だということで、田植えに参加いただいた大勢の6年生が参加出来ないという事態に陥りましたので、田男1名早乙女4名ということになりました。
中でも6年生なんだけど、参加してくれた早乙女もいらっしゃったので助かりました。
人数が少ないので盛り上がりに少し心配しましたが、意外にも年長者がいないせいか、逆に小さな子供達がのびのびと元気に過ごしていたのが印象に残りました。

当日は天気予報では曇りで、夕方から小雨なのですが、どうも雨雲が気になりましたので、先に稲刈りを実施してから収穫祭を行いました。本来は此の順番でも良いのかもしれません。
予感は当たりまして、稲刈りを始めたのが午後2時18分頃で2時35分頃分位稲刈りをした頃に小雨がパラついて来ましたのでそろそろ辞めるか?と子供達に聞きましたら「まだやる〜!」と頼もしい返事。農家の奉耕者は雨が降る前にコンバインで刈り取る準備をしていましたので、気が済むまで稲刈りさせてあげたいのはやまやまでしたが17分間の稲刈りで修了。

その後は刈り取った稲穂を御神前にお供えする祭典を子供達と一緒にお務めいたしました。田男と早乙女が順繰りにお供え物をお運びして、収穫に感謝を申し上げました。

着替えてから参集殿で古事記紙芝居を観ました。ちゃんと観てないと後で行われるクイズ大会の質問に答えられないので、みんな真剣に観てますね。今回は古事記も中巻に入りまして崇神天皇の御代になります。大人でも知らない話もあり、父兄の方々も「ふ〜ん、そうなんだ」と見入って居られました。親子で日本神話を共有できることは良いことですね。この古事記紙芝居は動画サイトにアップしてありますのでご覧ください。

その後、脱穀・精米体験。千歯漕ぎ、籾すり、精米のそれぞれを昔ながらの方法で体験して貰い、その手間を体験して貰いました。やりだすとみんな飽きもせずにハマっているのは、DNAの為せる技ですかね?

その後は恒例のクイズ大会。古事記クイズとお米のクイズが6問ずつ12問出して、正解者にはお菓子ひとつ貰えます。上級生がいないせいか、年少者が伸び伸びとはしゃいでいる姿が可愛かったですね。小学6年生にもなりますと、お菓子貰ってキャイキャイ言わなくなりますもん。

お米はどこから来たの? なぜ日本人は稲作をするの? 素朴な疑問ですが答えられる大人は何人いるでしょうか?いつかNHKの「チコちゃんに叱られる」に出そうな質問ですよね?
田んぼ学校の生徒達はエライですよ、ちゃんと答えられますもん。

クイズ大会で盛り上がって予定時間を少し過ぎて無事に修了。観察日記も2名が提出して戴けましたので御神前にお供えして神様にご覧戴いております。
コンバインで収穫した籾は次の日が晴天でしたので早速駐車場で天日で乾燥。夜は社務所で除湿器と扇風機を夜通しかけて次の日には無事に適当な水分保有率になりましたので脱穀して納めていただきました。奉耕者の吉田さん、田添さん、そしてお手伝いを戴きました金岡さん、平野さん、浦田さん、ありがとうございました。