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11月26日 感謝祭・神宮大麻頒布報告祭



【感謝祭(かんしゃさい)】

感謝祭とは新嘗祭(にいなめさい)の事であり「しんじょうさい」ともいます。
「新」は新穀を、「嘗」はご馳走を意味します。
 毎年11月23日(勤労感謝の日:本来の意義は新嘗祭のための祭日)に全国の神社で行われ、新穀を得たことを神さまに感謝する新嘗祭は、 五穀豊穣を祈願した二月の祈年祭と相対する関係にあるお祭りで、この日、宮中では天皇が感謝をこめて新穀を神々に奉ると共に、御自らも召し上がります。
新川神社では恒例により二十六日に執り行っています。
 新嘗祭の起源は古く、『古事記』にも天照大御神が新嘗祭を行ったことが記されています。
 現在では「勤労感謝の日」として、国民の祝日となっていますが、一説によるとその祝日名は、命の糧を神さまからいただくための勤労を尊び、感謝をしあうことに由来しているといわれています。

新川神社写真 新川神社写真
新川神社写真

【大麻頒布式(たいまはんぷしき)】

新川神社写真

 戦後は、全国神社を包括する神社本庁が神宮の委託を受け、富山県神社庁を経由して新川神社を通し、各家庭に配布されております。
神宮大麻頒布式に於いて、神職が「この御札をお祭りする数多くの家庭に災いが無きように、家族が幸福に暮らせるように、家系が子孫末代まで限りなく栄えてゆきますように昼となく夜となく守りたまえ」と祈願を込めます。
その後、神社総代に授与され、後日町内会のお世話役を通して各家庭にお届けいたしております。
 その神宮の御祭神・天照大御神は天界を司る太陽神であり、新川神社の神々は古来より新庄の地を守護されてきた土地神であります。
天界と地上を護る神様を家の中にまつると言うことは自然をつかさどる神々に家内を、家族をおまもりいただくということになります。
なぜ神宮大麻と氏神神社のお札をセットで併せまつるかという理由がここにあるわけです。

神宮大麻の歴史
神宮大麻の歴史
伊勢神宮の御神札はどうして「神宮大麻(たいま)」というのですか?(コラム)



新川神社写真 新川神社写真
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【感謝祭・神宮大麻頒布報告祭祝詞】
(現代語訳)

「言葉に発して申し上げることも恐れ多い新川神社の神々の前に(宮司氏名)恐れ多くも申し上げます。
今年の春祭りにお祈りいたしましたお願いの通りに貴重なお米が沢山稲穂に実を結び生育しまして多くの人達が朝夕の食事も満足に戴くに十分な満ち足りた食料を恵んで戴きました。
ありとあらゆる産業・工業・商業も大変大きな成果と進歩を導き下さいまして発展いたしました事を嬉しく思いかたじけなく思いまして感謝のお祭りをお仕えいたすとして、 御神前に収穫したばかりの秋の新米を始めとして海の幸・山の幸を始め沢山の収穫品をお供えいたしますので心穏やかにお受け戴きまして、 氏子・崇敬者及び世の中の人々が神の道を誠の道と心の拠り所として信仰をし、各自が担当するこの世での天職を懸命に励みひたむきに平和な世界を経営し、 西も東も仲睦まじく和んで人類の福祉を増進させるべくお仕えする様子を愛おしいと想って戴きたいと思います。
子孫の末々まで益々栄えて神々の御世にお仕えさせて戴きたく恐縮ながらお願いのお言葉をもうしあげます。
付け加えて申し上げ奉ります事があります。
今日の新嘗祭(にいなめさい:新穀感謝祭の事)に併せて五十鈴川の川上の伊勢に御鎮まりになる天照皇大御神の新年の神宮大麻と、 此の里を所領される大神様の御神名をお記しさせて戴きました御印である御神札を氏子各位が、 漏れること無く戴きお祀りする事の旨をご承諾戴きまして、家族達が朝に夕方に神棚拝礼を日々習慣となりますようにお導きください。
家内は安泰で家族心穏やかに過ごし、身体に病気無く、やがて来る新しい年を夜となく昼となくお守りいただき幸福な日々となりますように、 慎み敬いながらも恐縮ながらお願いのお言葉をもうしあげます。」