伊邪那岐命は勧請年月日は不詳なるも古来よりこの地に鎮座まします村社・熊野神社の祭神なり。天照大御神も勧請年月日は不詳なるも古来より近隣の竹鼻に鎮座まします村社・神明社の祭神なり。竹鼻の神明社が維持困難につき、村社・熊野神社に合併の為、昭和4年3月許可を得て4月11日合祀祭斎行す。
海老江(えびえ)の地名はここに海老川(現在の細川)が村中を通っていたので、これを村名に称するようになったと伝わる。
竹鼻は大字竹鼻村・高木村の一部と浦田新村の一部を併せて言う。昔、細川越中守の祈願所、浦田村大明神の坊守に細川某というものがあり、始めこの坊守は此村に寺を建立せしが後に浦田村に移り、その敷地跡が竹藪となり、その附近なるがゆえにこの村名がある。
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