江戸時代、文久3年(1863)です。 こまいぬの石をよく見てみてください。なにか文字が書いてあります。 それを調べると癸亥(みずのと い)三月と書いてあります。 これは江戸時代の文久3年(1863)の事です。 新川神社のこまいぬは地元新庄の方々が神様のためにお金を出し合って寄付(きふ)されたものです。
こまいぬは悪い神や魔物(まもの)が神様に近づかないようにまもる、神様の番犬です。 「こま」の意味は「外国からわたってきた」という意味で、獅子舞(ししまい)のお獅子(しし)と共に、協力して神様をおまもりします。 ふつう、2匹とも「こまいぬ」と言いますが、本当は「おしし」と「こまいぬ」で、見た目にもわかるちがいがあります。 右側のものは口を開けています。左側のものは口をとじています。 なぜでしょうか?そしてどちらが「おしし」で、どちらが「こまいぬ」でしょうか? こたえはひだりの口をあけているほうが「おしし」で、みぎの口をとじているほうが「こまいぬ」です。 新川神社の本殿(ほんでん)の横には木でできたこまいぬがいます。 右が金色のおししで、左が銀色のこまいぬです。 おししは「ライオン」のことですので、金色にぬられています。 こまいぬには「角(つの)」が1本あります。これはむかしの「サイ」の種類をモデルにしたからだといわれています。 むかしはこのように「おしし」と「こまいぬ」にははっきりとしたくべつがありましたが、しだいにおなじかたちになっていきました。
龍(りゅう)が雨をふらせたり、やませたりする力がある水の神様だとしんじられてきましたので、龍の口から水が出ているのです。 リュウやヘビはむかしから水の神様のお使いとして縁起(えんぎ)の良い動物だとされてきました。 川の水がヘビのようにまがりくねりながらながれていくことからそのようにかんがえられたのだと思います。 みなさんがいつもつかう水の出口を「蛇口(じゃぐち)」って言いますよね。「へびのくち」という意味です。 水は私たちが生きていく中でぜったいひつようなものです。 農家(のうか)の人たちも川の水を田んぼに入れて稲(いね)を育てられますので、水神である龍(りゅう)に、 水をおねがいします、とおいのりされるのです。
水がたまる石には「洗心(こころをあらう)」と漢字で書いてあります。 神様に会う前に、手と口をきれいにして、からだと心をあらってきよらかになってから神様におまいりするためにあるのです。 きれいな心で神様におねがいごとをしないと神様は聞いてくれませんよ。 神様はきたない物がすきではありません。きれいなからだに、せんたくしたてのせいけつな服(ふく)をきると自然と心もまっすぐになります。 また、その昔は人から人にうつる疫病(えきびょう:新型コロナウィルスのようなびょうき)が広がらないように、 たくさんの人があつまる神社に入るときは手洗いと口をゆすぐことをしたのだとおもいます。 ですから水をのむ場所ではありません。水あそびもしてはいけません。 もし、水をのんだり、水あそびをしている小学生をみかけたらちゅういして、おしえてあげてください。
新川神社は約400年前に常願寺川(じょうがんじがわ)の洪水(こうずい)でながされてしまいました。 神社が二度(にど)とながされように、水のかみさまのおつかいである龍神(りゅうじん)様におまもりしてもらいたくて、木で彫った龍をつくって神社に上げてあるのだと思います。 もうひとつは神社が火事でもえないようにまもっているといわれています。 新川神社の龍は、ヒミツの「龍の珠(たま)」、ドラゴンボールをかくして持っています。 みなさん、どこに持っているか、わかるかな? この龍の珠(たま)はなんでもおねがいごとがかなう、ふしぎな珠(たま)で、川の水の量(りょう)もこの珠(たま)でコントロールしているといわれています。 昔の人は川が洪水ではんらんすると、川の神・水の神である龍が怒ったからだと思いました。 ですからみなさんも龍が怒らないように、そしてきよらかなおいしい水をたくさん私たちにあたえてくださるようにお祈りしてくださいね。
おねがいによってたくさんの種類(しゅるい)があります。 わるいことがおきないようにする厄除けのおまもり、車のじこがおきないようにおまもりする交通安全のおまもり、 赤ちゃんをぶじに生めるようにする安産(あんざん)のおまもり、 びょうきがなおるおまもり、べんきょうがよくできるようになるおまもりなど、いろいろあります。 正月だけの限定(げんてい)で「龍の珠(りゅうのたま)」もあります。 ほかにも魔除(まよけ)の弓矢や、おみくじがあります。 小学生にもよみやすい「こどもおみくじ」もありますよ。
「どべまつり」は正式には「にいかわじんじゃ春まつり」といいます。 「どべ」が神さまのみちあんないをするのでいつしかそのようによぶようになったのかもしれませんが、 ほんらいは「どべのおまつり」じゃなくて、あくまでも「新川神社の神さまのおまつり」に「どべが道あんないする」、というのがほんとうです。 年に一度、神様がみなさんの町をおみこしにのって「かていほうもん」をされます。 神様が町の中をまわられるとわるい神やオニ、ゆうれいやおばけが町の中に入って来れなくなるなるので、 みなさんの家をまもるためにひつようなおまつりです。
新川神社の近くにすんでいる「どべほぞん会」の人たちがやっています。ハッピの背中にドベのイラストがかかれている人たちです。
どべに頭をなでられただけでは頭は良くはなりません。 やおよろずの神様のなかでもたいへん強力な力をもった神様ですので、みなさんが「どべになでてもらったから、 がんばろう」という気持ちを持ち続けること、 自分でどりょくしてべんきょうするから頭が良くなるのです。
神様の道あんないをするつよくてやさしい神様です。 「なぎなた」という大きな刀を持っていますので、どんなわるい神もこわがってちかよれないくらいつよい神様です。
神様のせかいにおもどりになって、神様をおまもりするとどうじに、とおくからみなさんを見まもっておられます。
お祭りに使う物です。 「鏡(かがみ)」は「たいよう」と「あまてらすおおみかみ」をあらわしています。 また、かがみは光りますので「魔除(まよけ)」のおまもりにもなります。 神社と神様をまもるためにあるのです。 太鼓(たいこ)はお祭りが始まるときと終わるときにたたきます。 たいこを聞いて、神様も「おまつりりがはじまるんじゃな」とわかるわけです。 鈴(すず)はキレイな音がします。聞いているだけで心がキレイになるような気がします。 神様にキレイな鈴(すず)の音をきいてよろこんでいただくためにあるのです。
神主さんが毎朝掃除をしています。 そのほかに宮総代(みたそうだい)さんという神社のお世話をされる方々、 町内会の方々が草むしりやおそうじを年に何回もしていただいているのできれいなのです。
現在(令和2年)は5名います。 名誉宮司(めいよぐうじ)、宮司(ぐうじ)、権禰宜(ごんねぎ)、神役(じんやく)といいまして、 名誉宮司(めいよぐうじ)は宮司を引退(いんたい)したご隠居(いんきょ)の名前です。 宮司(ぐうじ)は神社の代表で、会社で言えば社長にあたります。 権禰宜(ごんねぎ)はむつかしい漢字で書きますが、「おいのりする」という意味で、宮司をたすけて神社の仕事をします。 神役(じんやく)は神主さんをたすけてくれるひとです。
神主(かんぬし)さんの仕事は、「神様に祈(いの)ること」です。 みなさんが神様におねがい事があるときに、それをおつたえるのが神主の仕事です。 「祈り(いのり)」のことばのいみは「意(い=こころ)+宜(のる=のべる=ことばにだしていうこと)」です。 「じぶんのこころにおもったことをいうこと」が「いのり」です。 つまり神さまに「ちかいをたてる」ということになります。 「テスト100点とれますように!」とお祈りを100回してもテスト100点はとれません。 ですが「テスト100点とることを神さまにちかいます、がんばりますのでみまもっていてください」と、 かみさまにちかったからにはいっしょうけんめいべんきょうすれば100点とれます。 100点とれなくてもせいせきはよくなります。 みなさんもこんど神社でおまいりするときはみらいのじぶんが「こうありたい!」とおもうようなことを、 神さまのまえでほんとうにそうなることをちかってみてください。 心のなかでそうぞうしただけで「ワクワク」してきたらしめたもの。 いつか、そのとりになればいいですね。 では舩木神主さんの一日をしょうかいします。 朝4時におきて、おふろでからだをきよめて、せんたくされたきれいな下着(したぎ)と白衣(はくい:しろいきもの)にきがえます。 まずはじぶんの家の神棚(かみだな)と舩木神主さんのご先祖(せんぞ)をおまつりする御霊舎(みたまや)にお米と塩と水をおそなえして、 今日一日よろしくおねがいします、とおいのりの祝詞(のりと)をあげます。 そのあとに新川神社のお宮のとびらをあけて、太鼓(たいこ)をたたいて今日も一日が始まることをしらせます。 神様に朝ごはんのお米、お酒、塩、水をおそなえして、「今日も一日、新庄の町にわるいことがおきないようにおまもりしてあげてください」と、 おいのりします。 これを雨の日も、風の日も、雪の日もかかさず毎日おこないます。 そして、お宮の中と外のおそうじをして神様のお家であるお宮と境内(けいだい)をきれいにします。 そのあと、家をたてる人があれば、無事(ぶじ)に家がたてれるようにおいのりをする地鎮祭(じちんさい)や、 神棚(かみだな)のおはらい、車を新しく買った人の車のおはらい、赤ちゃんが生まれた人には赤ちゃんが元気が育つようにおはらいをしたり、 びょうきの人がなおるおはらい、子どもがげんきに生まれるように安産(あんざん)をいのってあげたりします。 また、事故(じこ)にあったり、なにかわるいことばかりおこってこまっているひとには「おはらい」をして、わるい神をおいはらってあげます。 おはらいがないときは、神話の「古事記(こじき)」を読んでべんきょうしたり、 「雅楽(ががく)」という日本にふるくからつたわるの音楽のれんしゅうをしたりします。 夕方5時にお宮のとびらをしめて一日が終わります。
神様におねがいごとをするとき、神様へのおれいとして大事な物としてお金を神様にさしあげるためです。 大むかし、まだお金がつくられていない時代はお米でいろいろなものをこうかんしていた時代がありました。 神様におまいりするときはかならず、「なにかいいもの」を神様におそなえします。 むかしはお米やたべものでしたが、今はお金を賽銭箱(さいせんばこ)に入れて、神様によろんでもらいます。 お賽銭箱(さいせんばこ)のお金は、神社のためにつかいます。 神社に必要な道具や掃除用具、こわれたところを直すためなどです。
石にはふしぎな力がこもっていて、わるい神、ゆうれい、おばけなど入ってこれないと言われています。 神社の境内(けいだい)には神様がいらっしゃる場所なので、石をたくさんおいて、まもってもらっているのです。 また、境内に石碑(せきひ)がたくさんあります。 すもう大会の記ろくや、寺小屋(てらごや:昔の学校)の先生のせいとが先生の思い出をかいた文字がほってあります。 子供がさずかりたい人がおいのりすると子供ができるといわれている石、ふうふなかよくするための夫婦石などあります。 つうがくろの道にある石は、玉垣(たまがき)という石のはしらでできた、「かべ」のようなの代わりにおいてあります。
~随神(ずいじん)とは?~
「随神(ずいじん)」は、神様やお宮などをまもるおやくめの人のことです。 別名で右大臣・左大臣(うだいじん・さだいじん)ともよばれます。 ふたりとも弓と矢を手にもっていますが、これはそのむかし、弓矢や刀をもって、 えらいひとの警備(けいび)にあたった近衛府(このえふ)の舎人(とねり)のすがたで、かれらは「随身(ずいしん)」とよばれていました。 いまでいう「おまわりさん」「けいさつかん」です。 その随身(ずいしん)がいつのまにか神様をおまもりするという意味(いみ)で随神(ずいじん)となったのでしょう。 『徒然草(つれづれぐさ)』というむかしの本の中に「ただ人も、舎人(随身)などたまはるときは、 ゆゆしと見ゆ」と書かれていることからも、この随身(ずいしん)にならせていただくということは「兵杖(ひょうじょう)をたまわわる」ともいい、 さむらいさんにとってはこのうえもない名誉(めいよ)であったことがわかります。 令和元年におこなわれた大嘗祭(だいじょうさい)や即位の礼(そくいのれい)においても、 弓と太刀をもって束帯(そくたい)というきものに身をかためたすがたをした人が、警備(けいび)にあたっていました。 新川神社の春祭りで町中をまわるので、 神様のぼうがいをするものからかみさまや、神主をまもるために、毎年新庄町の町内会から小学生におつかえしてもらっています。 みこしがとまって宮司がおいのりの祝詞(のりと)をよみあげるときに左右に立ってかみさまののられた「おみこし」と宮司さんをおまもりしています。