月別アーカイブ: 2014年9月

9月28日鷹乃羽雅楽会温習報告・9月29日第14回古事記に親しむ昼の部報告。

連ちゃんで報告です。明日からしばらく留守にしますんで、今のうちにということで、昨日と今日の出来事です。

鷹乃羽雅楽会は田んぼ学校の稲刈りでも演奏奉仕して戴きます。雅楽があると式典が厳かな感じになりますので有り難いです。

今回は前半1時間は管別の温習、後半は合奏です。課題曲の皇麞急と鶏徳を合わせました。久しぶりの合奏でしたので最初は粗い感じの皇麞急でしたが後半は篳篥の音程も揃ってきて本当に良い感じになってきました。短期間でよくみなさん上達されました。鶏徳はまだばらつく感じですが、大丈夫。ここで皆さんにばっちり決められたら、逆に我々は立場無いですよ。なかなか三管で合わせるのには曲の流れがわかっていないと合わない曲ですね。ですが、そんなところが魅力でもある曲です。10月19日、秋祭りが定期発表会に当たります「奉納演奏」ですので、それに向けて練習をかさねれば大丈夫だと思います。

笙部会。ようやく涼しくなってきましたので、電熱器で楽器を炙る笙にとっては有り難いですね。

龍笛部会。いつになく少ないような気がしますが、その分、細やかな指導が受けられます。講師は藤井講師急な所用にて代打・雅楽部副部長の高澤先生です。

篳篥部会。新規入門者の方も早く一緒に演奏できるようになれば良いですね。

龍笛初級コース。かなり進展がみられたそうです、よかった。

後半は合奏です。皇麞急は長い曲ですが、皆さん後半になるほど調子が出てきたように聞こえました。

今まで音が出なかった方も音が出るようになったりして、進歩されるのを拝見すると本当に嬉しく思います。気長に続けていきましょう。神様も見守ってくれていますから大丈夫です。

9月29日、本日行われた第14回古事記に親しむ昼の部の様子です。

古事記に親しむの昼の部は基本的に夜の部と内容は一緒です。応神天皇の治世のお話しでした。

今回も新規入門者もいらっしゃいまして、結構満員状態です。

近い将来、参集殿が出来ますので、そこでは椅子に座って楽ちんにいられるようにして上げたいです。

 

 

新川神社田ん ぼ 学 校『稲刈り』参 加 者 募 集

禰宜です。さて、いよいよ稲刈りの日取りが決まりました。当初は9月20日くらいに予定していたのですが、

田植えを小学校の運動会とかぶらないように遅らせたのと、イセヒカリが奥手の品種でしたので、ようやく実り始めた感じです。

稲刈りの参加者を募集しますので田植えに参加された方は勿論ですが、稲刈りから参加の方でも良いですよ、お誘い合わせの上ご参加下さい。

ご案内のチラシを置いておきます。トップページのバナーにもありませけれども。

田んぼ学校稲刈り体験参加者募集

今回も田男と早乙女にあたる「刈り女」といいますが、男女各5名ずつに衣装を着てもらい、祭典に奉仕して戴いて稲刈りをしていただきます。

最近、稲穂が実ってきたのは良いのですが、道ばたの稲が何本か倒れているんですよ。根元が折れて。なんなんかな〜と思っていましたら、奉耕者の吉田さんが教えてくれました。雉の仕業だそうです。新川神社の境内には昔から雉がうろうろしていますので、蛇とかあまり見かけないのでありがたい存在なのですが、これには参りましたね。効かないとは思いますがダメ元で「案山子」を作ってみました。なんか、雉に効き目が無くても、田舎の田園風景として風情があって良いかなと。

これですよ。雉は頭良いですね。お米を食べるのにまだ高くて届かないから、根元をくちばしで折って倒してから米粒をついばむんですね。

見事に脱穀されて食された稲穂。こら、根元に米粒が残っているぞ、一粒残らず食べろ。

あり合わせの物で急ごしらえの「案山子」古事記には「天下の事をことごとく知っている神である」と紹介されています。案山子は「人形(ひとがた)」であり、田の神が宿る「依り代」として或る地方に因っては信仰の対象になっているんですよ。世の中の事が知りたい人は今度聞いてみて下さい。

 

水口の稲と奥の方の稲の色が違うのがわかりますか?同じ田んぼなのですが、育ち方にばらつきが出てしまったようです。

これは神饌田に植えきれなかったイセヒカリを奉耕者の吉田さんの田んぼに植えて戴いたものです。一列だけ刈り取られずに残っているんですよ。珍しい光景ですね。

まるでモヒカン。

やはりしっかりと長い間、耕された田んぼで育った稲は違いますね。

 

 

みこしかつぎ伝授講習会並びに第八回お宮で飲もう会開催ご案内

禰宜です。連ちゃんでご案内をします。8月に雨天のため中止した、みこしかつぎ講習会並びに懇親会のご案内です。

日時の案内が右にPDFファイルでありますのでご覧になって奮ってご参加申し込みください。 再:10・11第8回お宮で飲もう会ご案内

この企画は私のたっての願いであります。新庄鎮座400年祭の準備を進めて来た中で、神賑わい行事の目玉としては「若衆が重い神輿を担いで威勢を張る姿」を復活させたいのです。神輿はやはり担いでなんぼです。新川神社の春祭りの巡幸路は10時間ですので全行程は無理ですが、せめて宮入の時は若い衆が担いで、神輿を揺り動かして(振り魂)、元のお宮にお静まり戴きたいのです。なぜか?神輿を荒々しく揺り動かすことによって神様の霊威を活性化させるのです。神様の霊威が高まるとその力によって我々を護る力が強くなり、豊作や大漁、疫病の退散や地域の無災害、氏子の家内安全に繋がっていくというわけです。

プロ野球で優勝したら監督を胴上げしますよね。胴上げされた人は嬉しくないはずが無いので、神様も絶対、喜ばれると思いますよ。

今回は二年後に控えた400年祭の準備段階といいますか、企画に発展させるまでの試行ですので、香積廣野神社二宮正幸宮司を指導者をお招きしての講習会形式を取ります。実際に神輿を担いでいた経験者である香積廣野神社の氏子さんも指導者として参加戴けるようにお願いしてあります。

是非、氏子の益荒男は勿論、有志の方、神輿と祭りと聞くと血が騒ぐ方、参加しませんか?年齢、性別は問いません。

元来、どこの地域でも御神輿を担いだり、曳き山を練り廻したるするのは、年に一度、神社のお祭りを通じて、地域の次世代を担う若衆が気持ちをひとつにすることが地域の発展、日本の発展の源になったのでは無いでしょうか。新庄には今、それが途絶えていましたので400年を良い機会としてチャレンジしてみましょう。

神輿を担いでいた頃の写真。新庄新町の宮から出てきたところ。

昔は、綾田や経堂まで遠征していました。いまは新庄町の戸数が増えましたので地元を廻るので精一杯です。

 

 

 

9月24日第14回古事記に親しむ富山中下巻編開催。

禰宜です。ほとんどの地域が稲刈りを終えた感じですね。うちのイセヒカリはまだですが。9月23日は四方の神明宮、またお手伝いで25日は於保多神社の秋祭りの神輿渡御がありました。
四方は幸い晴天に恵まれましたが、25日の於保多神社は台風の影響で一日中雨でした。神輿渡御はどれくらい歩くかと言いますと大体午前9時から夕方4時頃までですのでお昼休みが1時間ですから約7時間くらいですかね。日頃の運動不足を解消する意味でも神輿渡御は良いんですよ。

9月23日、富山市四方町の氏神神社、神明宮の秋祭り。

25日、於保多神社神輿渡御。土砂降りの国道41号線。雨もまたよし、天からの浄化じゃ。

と、いうことでその中間の24日に行われた古事記素読会の報告です。

先月に引き続き応神天皇の御治世のお話しです。

この時代は大陸との交流が盛んになり、論語や漢字マスターの教本である「千字文」が伝わります。そのほかに新羅から潅漑技術者、百済国王から馬、七支刀と七子鏡という神宝が贈られます。この七支刀が現在にも石上神宮に現存します。もちろん、国宝です。すごいですね。その七支刀に漢字が刻まれているのですがそれによると百済王が倭王(天皇)の為に真夏の一番暑い、火の徳がある日を選んで百度鍛えた霊剣だから、さまざまな兵器の災いを逃れることが出来る霊力が籠められた刀だそうです。木の枝みたいに一本柱の刀ではなくて、7本の剣先が木の枝みたいに別れている不思議な形をしていますので、実践向きでは無いですね。ですが、後の仁徳天皇になられる大雀命(おおさざきのみこと)が帯刀しているのを見て、吉野の山奥に住んでいる山人で、笛や舞歌が特異な「國栖(くず)」がその刀の珍しさを讃える歌を伝えています。吉野といえば「葛(くず)」が有名ですが、これがこの山の民、國栖たちの食料から来ているということですので、これまたうんちくのある話です。現在まで伝わっている話がバンバンでてきますんで、読んでいておもしろいですよ、この辺りの話は。

応神天皇の頃はお酒の話も多いのは、応神天皇がお酒好きだったからだとおもいますよ。國栖も独自の「醴酒(こざけ)」を醸して献上しています。いわゆる「どぶろく」ですかね。甘酒かもしれませんが。それと百済人の「すすこり」という人が醸したお酒で大いに酔っ払われて、機嫌良くなって、帰り道に杖で道中の大石を叩きまくって千鳥足、みたいな歌がありまして、その当時の諺で「堅石も酔人を避くる」と云われたそうです。現在でいうとなんですかね?適当なことわざは見当たりませんけど。酒飲んで暴れる人を「大虎」とか言いますけどね。トラ箱っていいますし。酒飲むと色々なことやらかしますよね、人って。

 

古事記に貫かれたテーマに「今に繋がる話」があります。地名の起源譚や伝統儀礼の由来が語られて「これが今に言う〜なり」と、今日まで伝わっていることの起源はここから来ているんですよ〜と語り部の稗田阿礼が教えてくれるのです。

当然、古事記が云うところの「今」は古事記編纂の時代である和銅5年(712)、1300年前ということになります。古事記が文字の無い時代の「やまとことば」と物語、系譜を残してくれたからこそ、我々は祖先の時代と今でも気持ちの上で繋がることが出来ます。

これが素晴らしい事では無いかと思います。同時に今の日本人に不足していることでもあります。古事記を読む、ということは神代の時代の祖先、我々の源と繋がることです。わかりづらい表現や、現代では考えられないことも記されていますが、そんなこんなすべてを受容して読むことが、引いては何か我々の先祖と共に新しい時代を開いていけるような気がします。日本が如何にして国づくりされてきたのか。そんな根本に触れて貰いたいです。

 

 

田圃の様子と鷹乃羽雅楽会9月14日温習報告

禰宜です。爽やかな晴天の日が続きますが、田圃をやりはじめてから、毎朝眺めに行くのが楽しみです。
稲の生育も気になりますが、草が伸びるのも気になります。丁度いた中学3年の倅と友人にまたまた手伝ってもらいました。なかなか上手に刈るもんです。いよいよ稲刈りの日時が決まりましたので、田植えの時のように、鷹乃羽雅楽会にもご奉仕戴きたいと思います。

稲穂がお辞儀してきましたが、まだ青いです。

中3トリオ。神様もちゃんと見とられるぞ。君たちに御加護があらんことを祈る。

と、いうことで9月の最初の温習は2時間管別温習でした。

龍笛初心者コース。新規参加者はここからスタート。

龍笛部会。10月19日奉納演奏の課題曲に加えて、盤涉調の音取、越殿楽を練習しました。

篳篥部会。新規参加者がおいでになりまして、益々賑やかになりました。同じく盤涉調の課題曲に取り組みました。

笙は平調の鶏徳・皇麞急の吹き込みと、手移りを少しだけレクチャーしまして、盤涉調越殿楽の唱歌と演奏をしてみました。結構つつがなく吹けたと思います。平調5曲を吹ければ、あと他の調子にいっても大丈夫です。

月のウサギを追う卯年のやから

禰宜です。月夜が綺麗な昨今ですが、我が家の卯年生まれの「やから」も巷でうわさの「スーパームーン」を9日の夜、愛でていたようです。私は接待で酔っ払って見上げていましたので写真を撮れるような状況ではなかったですが、8日の日が中秋の名月の日でしたので撮っていました。8日は雲ひとつ無い夜空でしたが、9日は雲がたなびいて、月が出るのを待っていたそうです。「月に叢雲花に風」と言いますしね。ですが叢雲があった方が絵的には面白い変化が楽しめますので叢雲も風も主役を際立たせる名脇役ですな。

月の出待ち。写真では昼間のように写っていますが、実際は暗いそうです。

これまた綺麗に撮れました。まん丸ですね。

撮影時間が8:56分ですから不思議な光景です。

我が家の卯年平成11年生まれ。こっちこい、こっちこい。

昭和さんぱち卯年が手に入れたつもり。

幻想的な感じです。

雲龍が月を身ごもっているように見えるのですが皆さんはいかがでしょうか。宝珠(月)を持っているようにも見えますね。

最後に私が9月8日20:12に撮影した十五夜お月さん。sonyのcybershot DSC-HX50Vという、普通のデジカメです。只今アマゾン川で2万5千円前後で釣れるようです。最近のデジカメは良く写りますね。

 

神饌田の草むしり・とんぼ・新規御守り「こども守り」入荷。

禰宜です。最近は朝晩涼しいので、ここ最近ようやく田圃周辺の草むしりをしております。毎朝6時頃から1時間くらいを一人でつまつまとしておりました。
そんなとき、中学3年生の倅が中学校の運動会の後、友人と親好を暖めていたら別れるのが名残惜しくなったのか、「お宮の掃除をするから友人2名一晩お泊まりして良いか?」
とたずねるので了解しました。次の日は休みだし、以前にも友達を泊めるのならば朝、神社の清掃奉仕を友達も含めてする事を条件にしていましたので、自ら申し出てきましたし、まぁいいかと。我が家は本当に客が泊まる部屋が無いので、社務所で雑魚寝ですよ。そのかわり、宮の清掃奉仕。これ幸いと言うことで草むしりを手伝って貰いました。
意外に三人とも真面目に、しかも草むしりは慣れている感じでしたので、聞いてみるとやはり草むしりを家庭で手伝わされた経験があるとのこと。感心感心。お陰さまで一挙に綺麗になりました。

手前が私がむしったところ。先がこれからむしるところ。けっこうぼうぼうに生えてきました。

意外に根気強く、丁寧に草をむしる中学生。家内が「いわれたことは何でもするから、また泊まらせてください!」と嘆願されたようです。うちは駆け込み神社か。でも、なかなかかわいい事を言うやっちゃ。

奉耕者の吉田さんか草刈り機でスッキリと仕上げもして戴きまして綺麗になりました。

とんぼ。今日は一匹だけしかいませんでしたが昔はうじゃうじゃ夕焼け空を飛んでいたんですがね。

さて、次は御守りのニューモデルが納品されましたのでご紹介します。以前から社頭で「子供の御守り、ありませんか?」と、よく尋ねられますので以前から色々と企画したり物色していたのですがなかなか決め手に欠けていましたので難航していましたが、ついに納品されました。決め手は「とんぼ」でしょうか。ビーズで刺繍してありますので手間がかかっていますね。

「とんぼ」って古事記、日本書紀の昔から縁起の良い虫として日本人は愛着を持っていたことがわかります。とんぼの古名は「秋津(あきつ)」ともいいます。日本の本州の古名で、『日本書紀』に大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)、『古事記』には大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)、またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)とありますので。

日本の国土を讃える名前ですがとんぼの古名が国名に反映されているところに注目です。豊かな自然の風景と、収穫の秋にとんぼが空を舞い飛んでいる風景が連想される名前ですね。とんぼは害虫を補食する益虫であり、収穫の季節に現れる豊かさの象徴なのでしょう。

こども守。とんぼが二匹デザインされています。そのうち1匹がビーズで刺繍されています。裏面は社紋の「違い鷹の羽」に神社オリジナルのロゴ。

ビーズのキラキラした立体感が今までに無かった感じですね。豊かさに恵まれて成長するようにとんぼがお守りします。

 

「田んぼ学校」イセヒカリの様子

禰宜です。いよいよ9月に入り、稲もたわわに実ってきている頃ですが、田んぼ学校のイセヒカリは他の稲よりも生育が遅いようです。
もともと、奥手の品種ですし、小学校の運動会の都合で田植えを一週間遅らせましたので仕方が無いと言えば仕方が無いのですが。
撮り溜めした写真を公開します。稲刈りの予定は10月13日、祝日の月曜日・体育の日を予定しています。近々案内のパンフレットも公開しますので、
田植えに参加戴いた方はもちろん、参加できなかった児童もえんりょなく参加して下さい。まってます。

8月30日、稲の花が咲いているのを初めて見ました。今までは見過ごしていたんですね。

稲穂に白い粉みたいな白い物が花です。この歳になって初めて意識して観ることが出来ました。そうか、これが米の花なんだ。知ってました?

この写真は奉耕者の吉田さんの田圃に植えられた、神饌田に植えることが出来なかったあまりのイセヒカリです。左の背の高い一列がイセヒカリで、右側がコシヒカリです。同じ土壌で育てているので、イセヒカリの方が背が高いことがわかります。

引いてみると良くわかりますね。左側がイセヒカリ、右側がコシヒカリ。コシヒカリは既に黄色っぽく実っていますがイセヒカリの実はまだ青いままです。

右側がまだ実が青いイセヒカリ。左の奥がコシヒカリ。違いが良くわかりますね。

少しずつ黄金色に実っていく様子がうかがえます。