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セルフ地鎮祭???ついに。

宮司です。ゴールデンウィーク中にも地鎮祭が有りまして、今日も天候不順の中奇跡的に晴天に恵まれてご奉仕して参りました。
地鎮祭が終わり、後片付けをしながら施工業者と話をしておりました内容を要約しますと・・・

①最近地鎮祭をしない施主が多い。

それは以前からの傾向で、認識しております。

②建築業者の営業担当が施主に説明の時に「地鎮祭なんて最近あまりされないですよ」と言ってるようだ。若い営業マンはその親自体が神棚を祭ってなかったりするので、意味合い自体わかってないし、こだわりもないので自分の感覚で判断しているようだ。

それも富山市の神職間ではそのように言っている営業が居ることはかなり昔から認識しています。

③最近、セルフ地鎮祭なるものがあるらしい。

なぬ???セルフ地鎮祭???なんじゃそら。 でも、ついに出たか、という感じです。

それで早速、ネット検索したら確かに少なからず掲載されていました。
言論の自由、信教の自由が保障されている現代ですのでその事自体、内容の是非には言及しません。
しかしながら、現代の色々な社会的変化やコロナ禍の事情も含めて私の地鎮祭に関する考えと今までの経験から、これから家を建てられる方々に有益な情報を提供しようと思います。
ネットでは色々な情報が流れていますが、プロの神職の意見として受け止めていただければ幸いです。

結論から言いますと、後々後悔しないためにも、やはり伝統的な方法による地鎮祭をお薦め致します。私が神社の宮司ですから当然といえば当然ですが。神職になり京都で初めての地鎮祭を奉仕してから早25年。年間少なからずご奉仕してきた経験上、感じる事をお伝えしたいと思います。

地鎮祭はしなければいけないの?

しないと刑罰があるわけでは無いので自由です。
ですが、ここは経費と手間をかけてでも、この際キチンとやっておかれる事をお薦め致します。

なぜなら、結局地鎮祭をせずに建築をして住んだ後に色々とトラブルがある事例が多いのと、施主さん自身が「あのときに地鎮祭しなかったからかな・・・」と思われるからです。
「後の祭り」という言葉がありますが、結局建築後に何かあったからお祓いするのであれば最初からキチンと盛大に、後悔がないように神祭りをしておくべきです。
住居環境が変わると良くも悪くも色々な事が起きます。後々色々と困難があったとしても、霊のせいにして責任転換せずに自分たちで乗り越えていけるのです。

ですが、実際地鎮祭をしていない住宅に霊障が起きることが多いです。経験上確信していえます。
特に建て売り住宅で地鎮祭をしていない物件と中古住宅で入居の際のお祓いをしていない、神棚を祭っていないご家庭からいわゆる「後の祭り」を依頼されることが多いからです。
建て売り住宅でも業者さんが建てる前にキチンと地鎮祭される良心的な業者も富山市におられますが、建てて売りっぱなしの物件も多いので、確認されて地鎮祭がされた内容でしたら入居前後問わず、家のお祓いと神棚の奉斎をお薦め致します。この場合、「後の祭り」でも大丈夫です。

自分でやったらダメですか?

自分で出来るのであればそもそも神主という職業は必要ないですよね。では何故地鎮祭を地元の神職にお願いするかと言いますと、現地に氏神様に降臨いただいて神様に対しておまつりを施すからです。塩やお酒をまいて清めるだけが地鎮祭では無いのです。

もうひとつ、神様に対して正式にお願いするには仲介役を立ててお願いするのが一番だからです。
仲人ですね。地元の神職にお願いするのは先祖代々氏神にお仕えしてきた神職に仲介してもらった方が神様は身近に受け入れてもらえるからでしょう。

神と人との「縁結び」が地鎮祭にありますので、セルフ地鎮祭にはこの項目が大きく欠如していることになります。

業者の中で、地元の神職では無くて契約神主を連れてくる業者は注意してください。その神職はお祓いしたらそれっきりで、神棚の御神札のお世話やアフターフォロー無しの地鎮祭の謝礼金だけが目的の悪質神主です。富山県神社庁、富山県神社総代会でも問題視しておりますので詳細は当社、もしくは富山県神社庁にご相談ください。

大切なのはどのような地鎮祭をするかでは無く、工事の安全を祈る施主の気持ちではないでしょうか?

その通りです。
気持ちさえ有れば、今までの歴史伝統や固定概念にとらわれずにフリーフォームで、自分たちに似合った家族だけの地鎮祭をしたい!お金も手間もかけなくても神様に伝わるはずだわ!

その気持ちはよくわかります。

ですが、私の好きな言葉ですが

伝統なき創造は盲目的であり、創造なき伝統は空虚である。

天野 貞祐 Teiyu Amano  哲学者 教育者 文学博士 獨協大学の初代学長 1884〜1980

家の建築も先祖が培った技術の上に安全な施工がされます。経費節減のために、柱を少なくしてくれ、という施主さんはいないと思います。現代は地盤調査もされていますので進化していますね。

地鎮祭も目に見えない力を発動させ、土地・地域との一体化を図り、地霊や過去の因縁、罪ケガレを祓い清めていただく氏神様に祈る作法として必要最低限の儀式、儀礼を含んだ祭典が今現在継承されて行われています。
それを簡略化するとどうなるのか???
このあたり、お酌み取りいただければ幸いです。

とりあえず、今日はこのあたりで。

令和3年4月19日春祭の様子

宮司です。4月19日の春祭を控えて、正月以来の大雪の影響で折れた木々の枝を掃除しておりましたら、落ち葉をゴミ袋に入れる、何でも無い作業中に突き指をしまして。確かに凄い痛みでしたが、突き指くらいは何度も経験があるので、久しぶりやなぁ、治るやろと思っていましたらなかなか腫れがひかないので病院に行きましたら折れてました。しかもレントゲンを見ると以前に同じ処を骨折していた様で。自分自身は人生初骨折!のつもりが既に気づかないうちに経験していたとは・・・。「バカは風邪を引かない」というのは「バカは風邪を引いていることに気がつかない」という事らしいので、同じ部類に属していたということになりますな。

ということで、利き手親指ということでまだなんとか車の運転とお祭りは出来ますので良かったですよ。チェインソーとか電動ノコギリとか草刈り機など危険なツールを使いますのでその時は怪我をすると大事になるので気をつけていましたが、どうして突き指したのかも覚えていないくらいの何でも無い動作の時でしたので、これは神様が何かのお諭しになる事があっての骨折だと思います。

さて、ということでお宮の雑巾がけは舩木泰子権禰宜様にご依頼いたしまして、細い枝葉を燃えるゴミに出す結束作業が残っておりましたが、若鷹会の方々が代わりに作業していただけました。ありがたい事です。

実は今回、春祭の神輿渡御祭が2年連続で中止になりましたので若鷹会が、春祭り当日にせめて神輿を出して参拝者の方々に見ていただこう、という企画をしていただきまして。平日にもかかわらずに神輿蔵から出して清掃していただきました。そしていつもはなかなか出来ない、神輿蔵の清掃をしていただきました。これは本当に綺麗になりまして整理整頓もされ、私一人では出来ない仕事ぶりに感動しました。やはり、頼りがいのある若衆がいますと神社は良くなりますね。

仕事を休んで神輿の見守りと勤労奉仕していただきました若鷹会の皆さん。仕事で休めないのでせめて出勤前にお参りに来られた会員。神輿を出すのに人数が必要なので出勤前と帰宅時に立ち寄っていただいた皆さんに感謝致します。

新庄町は大勢の人が住んでいますので、神社に対する気持ちも人それぞれです。
なんでお参りにも行かんし関係の無い神社に町内会からお金をださないかんがよ、と文句を言う年寄りもいれば、仕事を休んでも御神輿を出して皆さんに見てもらって元気を出してもらおう、と行動してくれる若者が居るということです。年金暮らしだから神社に寄付は出来ない、と罵声を浴びせた年寄りが少なからずいる中で、お年玉の中から神社に寄付したいと親に預けた小学生もいました。

やはり、年に一度、御神輿渡御祭は盛大に行って、若衆が神輿を曳いて全町内を廻り威勢を張って人の心と町全体を祓い清めることが大事ですね。

皐月女性作家3人展 – 書・陶・指物 – R03.5/15〜23 於・参集殿

宮司です。参集殿でのアートギャラリーは2回目になりますが、五月に開催されます。
書の小川さんは新庄町在住の書道家で、参集殿を建設した(株)OLIVERの社長で前若鷹会頭の小川博司さんのお母様です。

今年は神社の諸行事は飛沫が飛ぶ活動ばかりですので中止しておりますが、アートギャラリーですとしゃべらずに見るだけですので感染症対策を取りながらもご利用戴くことになりました。

参集殿の建設に際しましては色々とお世話になりました小川家の方ですので、別荘のつもりでご利用いただけましたらこちらも本望であります。参集殿の机と椅子は(株)OLIVERの寄付ですからね。

こじんまりとした会場ですが、隣は境内でその頃には新緑の木々が爽やかな季節で有ろうかと思いますので是非お立ち寄りください。

桜、満開です。

宮司です。桜、満開です。今年は梅と桜が同時に咲いている期間が有り珍しい年でした。桜、早すぎ。入学式まで持つかな?    参集殿前のしだれ桜も咲き始めました。今年は何故にそんなに急ぐ?
桜が開花しましたので、御朱印の挟み紙は桜バージョンで。

招霊の木も芽が膨らんできました。昨年に木の上部が枯れてきてビックリしまして。原因は何かなと思ったら、クマンバチが木に入り込んでいました。豪雪のため、枯れた部分は切ろうと思って切った切り口からもぞもぞと動く物を見ましたら黒い蜂で、何かな?と思ったらクマンバチでした。こやつらも冬眠するのに木に穴蔵を掘るんかい、とその生態に驚きました。ですが、下半分からは元気に芽を出してきたので嬉しいです。

本当に神社の境内の生態系を観察してますと飽きません。毎年少しずつ、移ろいゆくものなんだということを感じます。我々もその一部ですけれども。

令和3年4月19日春祭の神輿渡御は中止と致します。

宮司です。昨日、新川神社の総代会総会で本年も春祭りに併せて新庄町の氏子区域を巡行する神輿渡御祭は中止と正式に決定となりました。祭典は昨年通り午前10時より総代会三役の7名にて斎行致します。露天商にも出店をご遠慮いただく事になります。つまり昨年と同様の対応となります。

中止の判断理由と致しましては、以下の3点です。
①昼食場所での密集(約70名)を避けられない。
②ワクチン接種が国民に行き届くまでまだ時間がかかる。
③3月末現在、富山は感染者数が抑えられているとはいえ、昨年も4月から感染者が増えていった事から4月19日時点での感染者状況が読めない。

また、その他にも要因があります。露払いのドベは衣装と面を15名が着回ししますのでこれも感染リスクが高いので、どべ保存会の方々も実施は難しいという意見でした。

若鷹会では今現在、神輿は出ないのだけれども、神輿と神輿蔵の清掃をする計画を立てています。
人数が集まれば、神輿を4月19日祭礼日に外に展示して参拝者の方々に見ていただく事により少しでも気持ちを上げて戴きたい、と計画をして戴いているようです。

今年も神輿が新庄町地内を巡航しないと皆さん、寂しいとおもいますので、その替わりには成りませんが、せめて神様からのメッセージを籠めた「疫神齋(えきじんさい)」の第五弾を無料配布致します。

遂に、最高神・天照大御神様の御来光絵図の登場です。この絵は古事記の素読会の最初期から参加されている竹野小百合さんの作品です。竹野さんの個展を見に行きました時に一目惚れ致しまして、ことあるごとに「いいよね〜いいよね〜攻撃」を致しておりましたら400年祭の時に奉納して戴きました。嬉しかったですね〜、なんか、天照大御神様が新川神社にお嫁に来ていただいた様な感じで。御祭神としてはお祭りしてはいるんですけれどもね。数ある天照大御神様の御神影の中でも一番好きな絵です。

実物は参集殿に掲示してありますので、本物を見たい方は参集殿にどうぞ。

紅白梅満開。開花時限定御朱印帳挟み紙、作りました。

宮司です。今日は昨日と打って変わって晴天で境内の紅白の梅がそろって満開です。いつもですと紅梅が先で白梅がその後に咲くのですが今年は寒さが長かったので、良い感じで咲いてますよ。

梅の写真を撮っていましたら「期間限定で御朱印挟み紙に梅の写真を載せてみたら?」と何となく「お告げ」がありましたので、即実行。梅が散ったら終了となりますのでこの時期に是非お参りに来て見てください。

都合で来られなくても、この流れでいきますと4月頃には「桜」が出てくる事になりますので、お楽しみに!

 

富山市消防団新庄分団鎮火祭奉仕

宮司です。去る3月7日(日)午前10時より毎年恒例の富山市消防団新庄分団鎮火祭を奉仕しました。今年はコロナ禍ということで消防団員のみの参列でした。消防車もお祓いをし、地域から火事が出ないことと、いざという時は消防団員が即座に鎮火すること、消防団員が傷つく事の無いように祝詞をあげました。加えて、新川神社ではこの1年間、必ず祈願された方々が感染症に罹らないようにお祈りをしてから祝詞を絞めます。

不思議とこの時期になると火事が多いので火の用心はもちろんですが、実は鎮火祭には「火の恩恵」にも感謝することが述べられております。この地球上で火を扱えるのは人間だけですが、火が無いと1日片時も過ごせないのも人間なんですね。

 

新型コロナウィルス蔓延防止のため、令和3年度の鷹乃羽雅楽会の練習は中止致します。

宮司です。標記の件残念ですが、
現時点での再開の目処は、①ワクチンが県民に行き届いた時点での世情を見ての判断 ②変異株の動向 この2点に依ります。今日現在の厚生労働省のホームページではワクチンの接種期間を「接種を行う期間は、令和3年2月17日から令和4年2月末までの予定です。」としています。従いまして再開の目処が未だつきませんが早くても令和4年3月以降の再開かな?と想定しております。その時がまいりましたら事前に新たなる日程表を含めて参加者に郵便にてお知らせいたします。
この機会に雅楽の演奏を聞き込んだり、唱歌を歌い込んで暗譜したりしてください。
再開の日まで皆さんのご健康をお祈り申し上げます。弥 栄

白梅も咲きました。

宮司です。寒かったこの冬のおかげで遅咲きの白梅も紅白そろって咲きました。紅梅はもう、満開ですね。令和の原典である万葉集の初春例月氣淑風和の季節となりました。

毎月1日には鳥居前の掲示板に東京都神社庁が製作された「生命(いのち)の言葉」を掲示替えします。併せて賽銭箱の横には短冊が有りまして裏面に解説が書かれていますので、毎月朔日参りの方も楽しみに集めておられる方もいらっしゃいまして、うっかり1日に交換忘れるとバレバレの様です。

今年のひな祭りはぞろ目の3・3・3でした。何故かこういう日に平日なんですけれども御朱印の参拝者が多いような気がします。金文字の添え文字に祝祭日を書き入れますのでそれ狙いでしたら嬉しいです。

それと告知ですが、新川神社神職でもあるばーと@とやま、ココペリの画家、米田昌功氏よりアート展のチラシが届きましたのでお知らせ致します。

いまビジネスパーソンの間でアートがブームになっていますね。よく目にします。米田氏にとってもいい流れになって来ましたね。音楽とかアートとか感性を豊かにしておくと色々な発想が刺激されるんでしょうね。そんなビジネスパーソンにもお勧めのアートギャラリー展です。

割と日本人って音楽もアートも「理解できるか、出来ないか」で判断してる人をよく見かけます。
たまたま米田の絵を見に行ってましたら年寄り夫婦が前を通ってチラッ見して「よーわからん」と
つぶやいて素通りしていきましたが、「わからんでもいいがに、かわいそう」と思ってしまいました、すみません。その感性もあり、何でしょうけど。

よくマイルス・デイヴィスに代表されるモダンジャズも「なにをやっとるか、わからん」と評価されがちですが、そんなもん、あっちはわかりやすいメロディを演奏するありきたりのスタイルやりまくって飽きたから「なにやっとるかわからんように」思いもままに演奏し取るがやからね。

私はけっこう「わけわからん系」が嫌いでは無いんですよ。メロディわからんでもいい音やなぁ、とか、なんでめちゃくちゃなようでまとまって聞こえるがかな?とか思っているうちにマイルス・デイヴィスのトランペットの音が聞き分けられたりすると嬉しかったりするんよ。

さて、話を戻しますと、「アートって何なん?」というタイトルが付いていますが、それが何かをそれぞれに感じて戴けることと思いますので是非ともお訪ねください。

もうじき春ですね。

宮司です。立春が過ぎ、春一番も吹き、今日から3月ということで日に日に境内の木の芽も膨らんで参りました。春(はる)の語源って木の芽がパンパンに張る様子から「はる」らしいですよ。諸説あるようですが、一番わかりやすいですよね。2月27日には境内の紅梅が咲きました。白梅も芽が膨らんで今にも咲きそうな感じです。昨年は2月4日に咲いてますので今年は寒かったせいか、かなり遅いですね。いよいよ本格的な春がきますね。

今年は雪がたくさん降りましたので除雪車が大活躍しました。私、結構除雪作業は好きなんです。
なんか、達成感があるんですよ。仕事の成果は直ぐに消えて無くなるのですが、除雪車の「白鷹号」と心身共に一体となって「道を開く」のが良いんでしょうね。エンジン音と負荷のかかる感じや、雪を飛ばす場所への操作は本当に機械と一心同体にならないと巧く出来ません。

神社の隣に住んでおられる宮総代会長の貫江さんも毎回午前4時頃から小型のショベル型除雪車で公共の除雪車が行き届かなかった細かい除雪もして戴きまして神社の周辺は通りやすくなっております。
また、氏子の上井石庭さんも何も言わなくても境内の除雪をして戴いて本当に感謝致しております。いつも神様だと思って上井さんにもお参り致しております。

神社の境内は私だけでは到底管理出来ませんので、清掃や除雪など人知れず奉仕をして戴いている方々がいらっしゃる事に大変感謝致しております。

2月19日午後1時からは祈年祭・鎮火祭と疫病沈静祈願を斎行しました。
今回も正副総代会長と事務局、会計の役員のみの参列に限定させて戴きました。
その代わりに鎮火祭の紙札は参列をご遠慮戴いた全総代に配布をさせて戴きました。
台所に張って「火の用心」を心がけていただく物ですので今年はこのような対応にさせて戴きました。新川神社では祈年祭・鎮火祭にはなぜか「ヒラメ」をお供えすることになっております。時期的に美味しい魚を選んできたのでしょうか。

2月23日は天皇誕生日ということで、御朱印にも金文字の添え書きは祝祭日にはその日の祝日と二十四節気と、「疫病退散」が入ります。最近、祝日に目がけて御朱印をいただきに来られる方もいらっしゃいます、旧暦の正月とか。毎回来ても金文字の添え書きは季節により変わっていきますので、お楽しみに。また、この日を機会に大きいサイズの御朱印帳の挟み紙は天照大御神様になりました。
私は御朱印はその名の通り「朱色」と決めていますので御朱印自体は変わりませんが、金文字の添え書きと挟み紙は定期的に変わっていきますのでこのあたりもコアでマニアックな人は楽しんで戴けたら嬉しいです。
新川神社の御朱印は本質は変えずに装飾で時代を反映させていくスタンスでまいります。

今日から3月に入り、富山県としては3月末で感染者が発生して1年が経過することになります。
3月末から4月にかけては人が動く時期ですので第4波の警戒として足踏み型の消毒装置を自宅玄関、神社、参集殿に設置しました。
参集殿の玄関に似合うようなクールな物がありましたので早速購入。違和感がなさ過ぎてあまり目立たなかったりして。
新川神社は喜ばしいことに最近は県外からの参拝者が増えておりますので感染防止対策もしっかりと改善しながら快く接客できればと考えております。

 

 

謹賀新年・お久しぶりです、宮司です。

明けましておめでとうございます。宮司の舩木信孝です。ブログ自体、久しぶりです。前回が令和2年の9月19日ですから4ヶ月お休みを戴きました。「コロナさぼり」とも言うみたいですけど。
平成23年(2011)11月の開設から10年目になりますが、この機会に一度休んでみようと。神社の行事も定例の祭典以外はすべて中止しましたし。

私は昨年このコロナ禍の中で今まで出来なかったことに取り組みまして、意外にも充実した日々を送ることが出来ました。今まで神社の事で精一杯で、私事をおろそかにしておりましたので、プライベートのメンテナンスや周辺環境の整理整頓と改善に時間と労力を使うことが出来ました。

今後、何時になるかわかりませんが、また皆さんと忙しい日々を送るためにもこの時期を有意義に過ごして参りたいと思います。

 

疫神齋(えきじんさい)バージョンアップ版#3リリース

宮司です。第2波も落ち着いたようですが、我々も進化せんならん、ということで疫神齋の新しいバージョンのリリースです。HPからダウンロードしてご自由にご利用ください。新川神社の賽銭箱の上に印刷した現物がありますのでこれもご自由に。今回も大盤振る舞いの無料です。地域の民生委員の方が「家庭訪問の時に配りたいから」ということでもご利用戴いております。ご近所や親戚、職場などにも張っていただき、このコロナ禍をサヴァイブして戴きたいと思います。

今後、第2波、第3波といつなんどきどうなるか、予測が付かない状況ですね。テレビばかり見ていますと不安が増すばかりですので、ワイドショーの見過ぎには気を付けましょう。

今回のテーマは「油断大敵!免疫力向上」にしました。世の中は経済を回さなければ死活問題になりますので人が動き出します。何時何処で感染するか、または感染に気づかずに感染源になるか、と考え出しますと不安と恐れで何も出来なく成ってしまいますが、気持ちが弱くなりますとカラダの免疫力が落ちます。
では、今何をすれば良いのか?何が出来るのか?と言いますと巷でもよく言われております、「免疫力の向上」ですね。これは一人でも出来ます。 このことは疫病対策のみならず、健康で過ごす事全般にあてはまりますので、今はつい緩みがちな「うがい・手洗い・マスク」を愚直におこない、「密閉・密集・密接」を避け、「不要不急の外出」をしないことを怠らないように「油断大敵!」ですね。

そしてメンタル(精神)面では 「祈る・笑う・がんばりすぎない・くよくよしない」
フィジカル(身体)面では 「快眠・快食・快便・お風呂で保温・適度な運動」が大事だと言われております。

(祈りの力と免疫効果)
今年の3月以降、コロナ禍が広がる時に「いのり」ということに改めて興味が湧きました。私ども神職は「祈る」のが仕事ですのでこの伝染病が蔓延する世の中の人心に「いのり」がどのような働きをするのか、単純に興味を持ったからです。

先ずはその語源からですが、「い・のる」は「意・宣る」で
「意(い)=こころ:意見、意識」+「宣(の)る=宣言、宣告」
つまり「自分の心の内などみだりに口にしないことをはっきりという」という意味が込められています。「祝詞(のりと)」の語意ですが、本来は「のる・こと(ば)」で「のり・と=宣・言」であろうかと思います。
漢字は当て字ですので予祝(よしゅく)という「あらかじめおめでたい結果が起こりますように」という意味を込めてあらかじめお祝いする意味でお祭りの祝詞が読まれますのでこの字を当てたのだと思います。いわゆるお祝いの前倒しですね。ギャラの先払いみたいなもんですかね。神様も稲作をする前に「本年も豊作でおねがいしまーす!」とご馳走をお供えされたならば、「しゃーねぇな、いっちょ、やったるか」と御神酒を呑んだ勢いでかなえてくれるんじゃ無いか?みたいな。
「宣(の)る」 とは、「神や天皇が神聖なる意向を人々に対し口で言葉にして表明すること」ですので普通の意見発表では無くてより真剣さが含まれる時に使う言葉です。ですから「いのり」は古今東西、理屈抜きで、不安や恐怖心から自分の心を護るために人は行ってきたのでしょう。

祈ったから伝染病に感染しないわけではありませんが、不安な心や恐れる気持ちを持ち続けてしまうと精神が壊れ、身体的健康もそこなわれていくので、我々の遺伝子の中には恐れや恐怖感を緩和するための「祈りの遺伝子」が有るのでは無いかと思います。

※産経新聞ホームページより抜粋——————————–
祈りは遺伝子を「活性化」する 慈悲の心が免疫機能の強化につながる 
筑波大学名誉教授・村上和雄

〜(前略)〜先に述べたマインドフルネス瞑想の研究では、宗教的要素を取り除いた瞑想様式にしている。しかしわれわれは「宗教的な祈りや瞑想」をそのまま研究対象にした。なぜなら「祈りや瞑想」は単なるリラクセーションや集中力アップの手段ではなく、大自然と調和した一体感や神仏との合一体験などの意識状態の変性を伴うものであり、そこに「祈りや瞑想」の本質があると考えたからである。

僧侶は身心の感受性が強い

まず、祈りや瞑想が身心にどのような影響を及ぼしているかを調べるため、日常的に祈りや瞑想を実践している高野山真言宗僧侶における遺伝子発現の活性化(オン・オフ)の検討を行った。

すべての生き物は、生命活動に必要な遺伝情報を、DNA(デオキシリボ核酸)という化学物質の配列(塩基配列)として暗号化している。この遺伝情報を遺伝子という。

時間や環境の変化に応じて必要な遺伝情報を取り出す仕組みとして、遺伝子の発現をスイッチのようにオン・オフしながら調節している。すなわち、「オン」とは遺伝子の発現が活性化している状態、「オフ」とは遺伝子の発現が弱まる、あるいは停止した状態である。

この調節にはさまざまな要因が関与し、いわゆる「心」の状態も「オン・オフ」に影響することが知られている。われわれはこれまでに「笑い」によって、2型糖尿病患者の食後血糖値の上昇が有意に抑えられること、免疫系の活性が適正化することなどを報告してきた。

今回、「僧侶型オン遺伝子」として見いだされた遺伝子はいずれもI型インターフェロン関連遺伝子であった。I型インターフェロンはウイルスの増殖を抑えたり、感染した細胞を除去したりすることによって、ウイルスから身体を守っているタンパク質である。僧侶群におけるこの特徴は、僧侶になるための修行か、あるいは日常の行において獲得・維持された資質であると考えられ る。すなわち、僧侶では自然免疫系が全体に活性化していると考えられる。

一方で、僧侶は他人の感情や行動に対する共感の度合いが高かった。これは、僧侶の心理的な感受性の強さの表れといえる。本研究で最も興味深い結果とは、共感性と僧侶型遺伝子に一定の関連が見いだされたことである。僧侶における自然免疫系の活性化は、僧侶の身体的な感受性の強さの表れの一つとして捉えることもできる。

ここから、共感という心理的な感受性と、自然免疫機能という身体的な感受性に共通の基盤があることが推測される。これは、身心の関連を考える上で大変興味深い結果であり、宗教性や祈りがそのような身心基盤の成立に関わっていることが推察されるのである。

※産経新聞ホームページより抜粋 ココマデ——————————–

すごいですね、やはりお坊さんは偉かった。実験結果から、他人の感情や行動に対する共感の度合いが高いと、自然免疫力が活性化するようです。古今東西、宗教的な情緒を導く「いのり」が心身を整える役割があることがバイオテクノロジーの観点から注目されているってことも凄いですね。

我々神職も「いのり」が仕事ですので、なんか自信をもらえました。

ところでみなさん、「いのり」ということで、毎日の日課としてお参りされてますか?
是非朝一番にお参りされますことをお薦め致します。
(神棚の無い方は下記写真の簡易神棚は無料ですのでこの機会にどうぞ。申し込みは舩木家まで。)

目に見えない神に心を寄せる習慣「気づき」を多くし、「直感力」「正邪を見極める洞察力」を導きます。お祈りするときは我心の無い素直な気持ちでお祈りすると神様は喜ばれるみたいですよ。

 

木原盛夫-写真展-「とやま、祭り彩時季」ミュゼふくおかカメラ館拝見しました。

お久しぶりです、宮司です。毎日暑いですね。
以前から神社の祭事に突如と現れては写真を撮影しておられた木原さんからご自身の写真展の招待状が届きまして、丁度息子兄弟もそろったところでしたので高岡の蕎文で「すだち蕎麦」

をいただいてから福岡町まで足をのばしました。

実は木原さんとは改めてどこの誰でどんな目的で写真を撮っているのか?とかお話ししたことも無く、写真好きのアマチュアカメラマンかな、と思っておりました。新川神社のお祭りもそうですが、四方の恵比須神社の海上渡御祭などにも気がつくとカメラを構えていらっしゃったり、「神出鬼没」な得体の知れない感じの方でしたが、お話ししますと気さくな方ですし、一度田んぼ学校のミニ写真帳や撮影された写真のコピーなども戴いた事もありましたので、うちみたいなマイナーなこぢんまりとした祭礼にもどこで調べたのか、足繁く撮影されていましたので奇特な方だなぁとも思っておりましたので、写真展の招待状をいただいたときはいささかビックリしました。

写真展のチラシに木原さんのプロフィールが書いてありまして、そこには「これまでに500人を超える国内外のミュージシャン、俳優、作家を撮影。」とありまして、そういえば以前東京で写真撮っていた、とサラリと聞いただけで詳細は聞いておりませんでした。あらためて、聞いてみようと思いながら現地会場に到着。会場入りして仰天しましたのが、おびただしい数の富山の祭礼の写真展示でした。県展とかの写真展より多い圧巻の展示で、そこには見慣れた風景や見慣れない祭事の曼荼羅のような富山の風景でした。中には見慣れた新川神社の田んぼ学校や、大沢野の猪谷地区の湯釜神事の様子、四方の恵比寿祭りの海上渡御祭の様子もありました。意外にやはり自分の担当神社の風景は一発で目にとまりますので、ここでようやく木原さんのことを「これはただ者ではない」と感じたわけです。そうか、これをやりたかったんだなぁと。

正直、久しぶりに感動致しました。私たち神職は実は祭礼時期は忙しいので他の神社の祭礼はあまり見たことが無いのです。TVや新聞などで知る程度で自分たちの職務を果たすのに精一杯で、他の神社の祭礼なども参考に成るので興味はありつつも実際にいけない事の方が多いので逆に一般の人の方が数多く拝観してるかもしれません。そのような祭礼の様子を写真で見ますと各地域の方々がほんとうに手間と労力とお金をかけてお祭りをもり立ててそして楽しんでいる様子が伝わりまして感動致しました。家族といろいろ話しながら、また私が写っていたりする写真など見つけながら楽しんで拝見しました。

全部拝見した出口に今回の展示のフォトブック『とやま、祭り彩時季』の11巻が販売されていました。これは全部、貴重な富山の祭礼記録資料として蔵書しなければと思い、即購入を決意しました。(第2巻だけ欠品でしたので後日再版時に届きます)
第7巻目は新川神社の田んぼ学校の早乙女が表紙です。私も毎年泥の田んぼに咲く、紅白の早乙女の姿が好きで、この構図は鉄板です。ほかにも猪谷の神社での湯釜神事で楽しそうに笹葉で熱湯を参拝者に振りかける宮司さんの姿が笑えます。

展示室ロビーに木原さんがいらっしゃいまして、ご挨拶と感動したことをお伝えしまして、改めて東京でのお仕事のことを聞こうと思いましたら、ご自身の東京での仕事のフォトブックをお持ちでしてそれを拝見してまた、ビックリ! NIRVANAのカート・コバーンをはじめ、PinkCloud時代のCHARなど国内外の有名ミュージシャンのライブ写真やポートレイトが納められていました。ミュージックマガジンやロッキンオンなどの音楽雑誌の写真を撮るフリーランスのカメラマンだったということで、こりゃ本物だと。私にしてみましたら今まで読んでた雑誌の写真を撮っておられた方ですので凄いなと。カリスマ的なミュージシャンとフォトセッションなどあったと思いますから80年代からのポピュラーミュージック史みたいなもんでした。
あまりにも普段は気さくな感じの方ですので「如何にもカメラマン」的な感じがしないところが、より本物です。

そのロビーにはソニーのαシリーズのカメラがミノルタのストラップを付けて同じ機種が3台展示してありました。この五年間使い続けたカメラだそうで、すべて同じ型のカメラで撮り続けたということです。次から次と出てくる新機種の方が性能は良くなっていくものの、途中で写真の雰囲気が変わると一堂に展示したときに写り方に差異が出ないようにとの配慮と聞いて納得。
また、木原さんはすべての場所に公共交通と徒歩で撮影に行っておられるのに驚きました。東京在住の時はたしかに自家用車無くても仕事できますが、富山だときついんでは無いかと思いますが、そこのところもコラムに書いてありましたが、車で予定時間に現場に乗り付けて祭りのクライマックスだけ撮影して帰るだけでは撮ることが出来ないまつりの情景がある、ということに気づかされました。時間をかけて、足で歩いて行く道のりが無駄では無いということですね。深いです。

今年は新型コロナ蔓延防止の為、すべての祭礼神振行事が中止になっている中で、この場所だけは豪華絢爛な祭礼の風景が満載の場所ですので、こんな時だからこそ、とやまの祭りのなんたるかを感じる事ができるグッドタイムリーな企画展だと思いました。もちろん、偶然そういう時期に重なっただけですけど。
是非、みなさんも見に行ってみてください。
every picture tells a story という、英語のことわざがありますが、《どんな絵にもそれぞれ物語がある》通り、いろいろな物語りが感じられる写真展です。

古事記に親しむ・日本書紀に親しむ・鷹乃羽雅楽会は来年2月迄休講します。

宮司でございます。お盆も過ぎようとしておりますが残暑厳しい中皆さんお元気でしょうか?
しばらくブログの更新もなかなか出来ずにすんません。なんか、御守り業者がお正月の発注をせかすものでお盆前に棚卸しをせにゃならんかったということでお許しください。

さて、本題ですが今日現在、疫病の第二波のまっただ中という感じがします。以前にお伝え致しました事に「不要不急の外出禁止令がでたら諸行事中止」という基準でしたが、行政はステージ2の宣言はしておりませんが、限りなくステージは1.5くらいになっていると私は感じております。

当方独自の判断で古事記に親しむ・日本書紀に親しむ・鷹乃羽雅楽会は来年2月迄休講します。先ずは参加者の方々の心情と、今後の感染拡大の見透しを考慮しますと参加者の安全確保を優先する事にいたしました。
今後は「巣ごもり企画」といたしまして定期的なリモート講義通信を参加者には無料にて配信いたしますのでご自宅にいながら古事記・日本書紀に親しみ、雅楽の腕を磨いていただきたく思います。
やはり参加者にはご高齢の方も多くいらっしゃいますのでこちらがいくら対策しても限界もありますので。
雅楽に関してはマスクを外さないと行けない事や、職場で関東圏や関西圏など感染者が多い場所への出張をせざるを得ない現状で「自分がもしかしたら感染を広げてしまうかも知れないリスク」も感じていらっしゃる方々が本年度は休講したいというご要望もありました。私ももっともなことだと理解しましてすべて休講を決断しました。
逆にこういう機会を有効利用して、自宅でできる修行を提供して参りたいと考えております。

令和2年夏越大祓ご報告

宮司です。本年はすべての事に関して新型コロナウィルス感染防止対策を行うということで、先ずは密集を避ける意味で3日間の開催という事と、拝殿内で行う「無病息災祈願」は密集するので後日宮司が祈願するということで自由参拝といたしました。その代わりというわけではないのですが、後日無病息災祈願はご神前にご祈念するということでこの機会に「疫神齋(えきじんさい)」の護符を参列者に授与いたしました。「疫神齋」と「茅の輪御守」のダブルで家門を守護することになります。

今年は6月中にまとまった雨も降らずにいましたので茅の輪の材料である「茅(かや)」もなかなか良い感じの物が少なくて採取に苦労しましたが、本年は3日間ということで例年ですと100名前後ですので120〜130くらい茅の輪を用意していましたが、本年は余裕を見て150輪準備しました。二日目を終えた時点で茅の輪が40輪になりましたので急遽残りの材料で12輪作りましたが、結局合計134輪で無事足りていましたので読みは当たっていたわけですが、来年、再来年も3日間で続けていこうと思いますので増えていくでしょうね。

また、本年は3日間ということで雨天時の対応として参集殿で神事をする、ということも新たに始めました。やはりこの時期は天候が怪しいのでいつ何時雨が降るかわからないような状況ですので参集殿で大祓神事をして地の輪くぐりは傘を差してでも回れますし、その後は本殿で自由参拝して茅野はお守りと疫神齋護符を各自お持ち帰りいただくという流れにいたしましたら時間も短縮できて良かったです。大祓神事は元々境内の外で実施した方がよろしい神事ですので参集殿での開催はその意味では最適な場所です。

実はコロナ以前から3日間にしたほうが、来たいけどこれない人が少なからずいらっしゃることも知っておりましたので、今回はコロナ対策もありますが、以前からチャレンジしたかったことに飛び込めた年となりました。その分準備期間を早めにして進めなければいけませんが、そんなに負担な事でも無かったです。結果として密集を避けながらも例年より多くの方にご参加いただけました。