禰宜です。一ヶ月ぶりの更新です。なんか、夏休みに入ってから活動がますます盛んで久しぶりに夏休みの宿題の絵日記を思い出してまとめ書きした過去が蘇るような気がします。
いゃ〜、毎日楽しいですよ。朝起きて、稲が伸びているのを見て楽しい。草も生えますので草刈りせんならんなぁ〜と、面倒なことの予定を考えるのも楽しい。神道道場がだんだん出来ていくのと稲が育つのを両方眺めながら写真を撮る時間も楽しい。いつになったらブログアップできるんやろ〜と思いながら日々の営みに紛れて今日になったのですが、この夏を写真を見ながら振り返る時間が一番充実感に包まれてリラックス出来る時間です。
先ずは鷹乃羽雅楽会、8月18日に富山市四方町鎮座の四方神社で毎年おこなわれる「栂彦祭(とがひこさい)」に雅楽演奏奉仕して参りました。平成24年9月に開講以来約3年間。ようやくここまでたどり着けました。
主催者としましては感無量です。2年前ほど以前から演奏以来を受けておりましてそれをひとつの公式デビューの場として考えていましたので。衣装の直垂も準備して人前で無事に立派に演奏できました。
まだまだ荒削りな演奏ですが、良い演奏でした。多分、演奏者よりも誰よりも、一番緊張していたのは私ではないでしょうか。
大変良い機会を与えて戴いた四方神社奉賛会の任海哲朗会長に感謝いたします。

四方神社本殿前の御拜にゴザを敷いて楽器を置いてみました。総勢19名が座れるかどうかの確認です。左端の「鉦鼓(しょうこ)」は四方神社の神饌所の片隅にあった物でかなりの年月が経ち、紐や金具が破損していましたし、鉢が紛失していましたのでこの機会に修理とメンテナンスを致しました。何とか自分で出来そうでしたので私が直しました。

今回修理した部分は金属の重い本体を紐で吊す金具。真ん中の物が破損していましたので、たまたま手持ちの神具に付けるL型金具を装着。その前に前の古い金具を抜き取り、木工用パテで穴埋めしてから打ち直ししてあります。他の金具とは形状が違いますが、より太くて頑丈な金具ですので良しとしましょう。見た目も大勢に影響がある部分ではないですし。

古代紫色の房付き組紐は雅楽専門店から購入。なんとか穴のサイズにも合いましたので良かったです。紐の編み方は正式な編み方があるようですが、今回は自己流でとにかく楽器として安定して装着できる事を優先しました。

金属の本体には藤紋が刻まれています。因って、打つところによって微妙に音が変わります。金属の厚さが部分的に違いますからね。いい音します。比較的大きな本体ですので、優しくてスモーキーな、くすんだ音と言いますかね、金属ですけど「カーン」という金属音はしません。良い意味で鄙びた音ですかね。

敬徳碑の銅板。栂野彦八翁の遺徳を讃える漢詩が刻まれています。この下の石垣の真ん中に四方町の方々が栂野彦八さんとして拝んでお祀りされてきたお地蔵さんが埋められていますので、栂彦さんの依り代として祭祀が行われています。

午後5時30分鷹乃羽雅楽会と神職が習礼(しゅらい:いわゆるリハーサル)を行います。式次第に併せて演奏を初めて儀式の区切り目には止めなくてはいけませんので実際に神職の動きに合わせてタイミングを図ります。

鳳笙の主管は栂野信直。3年前に栂野宮司家と養子縁組み致しましたので本名は栂野です。普段は産まれた舩木家に変わらずに生活していますので通称で舩木姓を名のっております。今日はご先祖様の前で雅楽初披露という事になります。

さていよいよ鷹乃羽雅楽会初の奉納演奏です。6月末の岡村さんが市副議長就任披露宴ではBGM的な演奏でしたので今回はガチで観客相手の演奏です。ですから前回とは緊張度が違うと思います。そういう意味では岡村さんのところで一度、人前に出て演奏する機会を戴けたことは良かったです。

今回、篳篥演奏予定者2名が私事都合で出演できなくなりまして5名から3名になったので少し不安だったのですが、前日にたまたま帰省していた横越講師のご子息に参加して貰う事になりました。手前が舩木信明、その隣が横越さんのご子息。現在國學院大學在籍、明治神宮で研修生として修行中。

楽器紹介などもして演奏披露した次の演目は日本古来の神楽スタイルの曲、朝日舞です。栂彦200年祭の時に神前奉納しましたが、今回は観客に向かっての演奏です。本来は神様に向かって舞うのですが、今日は氏子の皆様を神様に見立てて演奏します。三波春夫先生もよくおっしゃいました。「お客様は神様です〜」『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。だからお客様は絶対者、神様なのです』(三波春夫談)