唇よ、熱く君を語れ。

先日の上冨居神社のみこし渡御の昼食時に、とある宮総代さんとお話をしていましたら、ひさしぶりに気骨のある、神様に対する想いを聞くことが出来ました。御神酒の効用もあってか、「神主さんはどう思われるか知らんけど、わしにとって伊勢神宮ちゃ、こうこうこう感じておるからみんなに伊勢にお参りに行け、ゆうとんがいちゃ、んで、神道はこうこうこうだから水平だちゃ。わしはそうおもっとるがいちゃ・・」と、唾をとばしながら熱く語られるのを聞いて、うれしくなりました。なかなか自分自身で神様とは何なのか問いかけて、お参りに行って感じたことを自分の信心として他人に語れる人は残念ながら今の時代は多くないです。特に私が気に入りましたのが「神主さんはどう思われるか知らんけど〜」のフレーズです。そうなんです、自分なりの神様に対する想い、これは他人から与えられるものでは無く、ましてや神主から教えられるものでは無いのではないかと。我々は神道の祭りでは神と人との仲立ち人であって宗教でいうところの教祖では無いので、信仰に向かう道しるべくらいしかお示しできていないのが現状かも知れません、力およばず。神職は何よりも神に向かって祈る背中を通して、参拝者が神様を感じるかどうかが大事なんだと先達神主に教えられてきました。神道の信仰とは神様に向かう人の内心から沸き上がるような物ではないかと。自分自身に問いかけることが大事では無いかと、その総代さんのお話を聞いて同感いたしました。神道の鏡は自分を「かんがみる」ための物であるとも言われますし。

たぶん、総代さんの「わしはこうおもっとるがいちゃ」という、真っ直ぐな気持ちは神様に通じていることと思います。

「唇よ、熱く君を語れ」。懐かしい曲ですね、渡辺真知子さんの。「南風は女神 絹擦れの魔術〜」昨日の大風は遅れてやってきた春一番ですかね?女神なんてもんじゃ無かったですね、昨日の風は。おとろしや〜。新川神社の梅は紅梅白梅とも見頃です。強風にもめげずに花を咲かせています。なんとまぁ、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)さまのけなげでお強い事。