海の神、山の神にお仕えしてまいりました。

禰宜です、お久しぶりでごわす。先週は大変充実した日々でした。海の神、山の神にお仕えして参りました。まずは7月19日・20日は四方の漁港に鎮座する恵比須神社の例大祭で19日に漁場まで漁船で神様のおみたまをお連れしてお祓いをする海上渡御祭、20日早朝に本祭りを執り行い、漁業に従事される漁師の方々に事故や水難が無きようにお祈りとお清めの祓いをお勤めして参りました。翌日の21日・22日の土日には芦峅寺・雄山神社の例大祭に御奉仕して参りました。何を隠そう、実は私は新川神社他37社にお仕えすると共に、富山市山王町の山王さん、日枝神社と四方の四方神社の神職としても正式に神社本廳から任命を戴いて「権禰宜」としてお仕えしておる次第でございます。たいへん身に余る光栄な事でありまして、神主冥利に尽きるわけです。そういうわけで、あっちこっちで見かけるなぁと思われる方もいらっしゃいますが、別に出稼ぎをしているわけでは無いのです。卑近な言葉で言うところの「アルバイト」ではありません、これは。私は先祖代々神職をしておる家系に生まれ育ちまして、幸いに生活の拠点となる新川神社の境内近くに住んでおり、今現在は神職専業で生業(なりわい:生計を立てることの意)を成しております。有り難いことです。そんな日々を送る中で年間、予定が空いている日には県内各所の神社から祭礼の奉仕依頼があれば極力ご奉仕に参上しております。私自身、各神社の宮司さんから「手伝ってくれ」とご依頼があるとこれは神様から「我に仕えるべくさぶらへよ(苦しゅうない、近こうよれ。)」と命令(お誘い?)されている事であると我、勝手に思いまして、「おーっ神様からお召し立てじゃ、これは御神縁だから、お仕えせねば・・・」とばかりに、新川神社ほか自分のお仕えする神社の祭礼にかぶらなければどんなに予定が混もうともお仕えしていきたいという、自分なりの信念を持って生きていきたいと思っています。なにをかっこいいことをゆうておると思われるかも知れませんが、自分で自分なりにこうするんだという法則を決めておかないと、行動にぶれが出てきますので、自分で自分に言い聞かせております。もっと他にやらなければならないことや、家族、子供達との親交も大切です。ですが、これがたいへん楽しくてためになる、仕事でありながら研修の場であり、修行であるのです。ところ変わればそれぞれの土着の信仰や風習、人柄、自然に触れることが出来ます。これが明日への活力となります。しかも富山を代表する霊験の高い神々にお仕えするわけですから、心構えもそれなりに必要ですし、体力・気力も鍛えなければ良いお祭りは出来ません。ですから「手伝いに行く」のですが、神主としては「神様にお仕えする」のであり、自己を高める「修行」でもあります。ミュージシャンが自分のバンドや音楽活動以外に、いわゆる「セッションワーク」という、一回限りの即興演奏のライブをやるのに近い感覚だと私は思っています。自分の技量を試す場として、同業者と切磋琢磨して刺激を受けながら、与えながら自分の音楽性を高めて新しい音を創造してゆく糧となるわけです。いわば自分も神様、そして一緒に神様にお仕えする神職に「お手並み拝見」されているのです、これは気が抜けません。大げさに言いますと「親善試合」のようでもあります。ですから楽しき中にも緊張感がありますので、奉仕依頼があれば「忙しくても逃げちゃあかんぞ、信孝。」と自己喚起しながら参上しておるわけです。これからも自己鍛錬を怠らずに生涯をかけて「やおよろずの神々」にお仕えして参りたいと思います。

四方漁港。日の丸、大漁旗が風になびいて

えびすさんへのお供え物。きときとの魚を真ん中に。

海上渡御祭前の神社の境内。浜風になびく神旗。

海上渡御ですのでお神輿では無くて舟形の御船代に神様の御霊璽をお乗せいたします。

祭礼を行い、おみたまを御船代にお乗せいたしましてお宮を出発。道中お祓いをしながら港に進みます。

宮司以下四方漁業協同組合、漁師の方々もお供いたします。

若手漁師の担ぎ手によって無事に漁船に御鎮座。いざ綿津見の神のもとへ。以下あしたにつづく。