月別アーカイブ: 2012年4月

春祭り、晴天なり。無事終了す。

4月19日、晴天にて春祭り、みこし渡御無事に終了しました。本年は新規道順を考案しまして、宮総代さんの下見、打ち合わせを戴いてほぼ計画通りに今まで行けなかったところまでおみこしを廻すことが出来ました。宮総代さんのおかげです。感謝いたします。初めておみこしをお迎え戴いた新庄の企業の皆さんもさぞお喜びのことかと思います。皆さんの協力を得て11時間に渡る新庄を「祓い清める」神事、滞りなく取り収めました。

いざ出発にあたりパチリ。

 

神様の護衛役・随神(ずいしん)金谷ブラザーズ 左大臣

 

神様の護衛役・随神(ずいしん)金谷ブラザーズ 右大臣

新庄小学校三年生VSどべ

どべの威嚇行為にもひるまない小学生。

金岡邸にて祈願。ここは明治天皇様御巡幸のときにご休憩された館です。

新川神社専属・お祓い少年隊 その名も平成24年度ニイカワクリーンアップボーイズ、略してNCB24 午前と午後で随神は交代します。午後の部は丸本君と中山君。

夜櫻。春祭りに咲いているのは本当に珍しいことです。

本当に良いおまつりでした。この頃、私は総代さん達と飲んだくれていました。

櫻、満開 白梅と桜の共演。

境内向かって右側の古櫻木

境内向かって左側、公民館前の大きな櫻木

白梅と櫻の共演。同時に咲くのは珍しいです、うちでは。

禰宜です。これは昨日の写真ですが、櫻、満開です。今朝はあいにくの雨のようですが、天気が良いときに

お参りがてら眺めに来て上げてください。

さくらさく、かぜつよし。風のつめあと


境内の公民館側の櫻、花開き始めました。梅と桜が同時に咲いているのはめずらしいかも。
昨日、立山町の立泉寺の立泉神社(「ゆかりの神社」参照)のご神木も斜めに倒れて、社殿の屋根に大杉の枝が落ちて少しへこんだのと、水道の蛇口が壊れたとのことで、木のお祓いに行って参りました。あちこちで風のつめあとが残っているようです。他のお宮も調査中です、えらいこっちゃ。

斜めに傾いた神木。

根っこが浮き上がっているのが見えます。

今朝録れ鶯の唄・櫻のつぼみ膨らむ。

禰宜です。ようやく鶯の録音に成功しました。すこしノイズが多いですが、朝の澄んだ空気感も一緒にと思いましてそのままにしました。

今はコンピューターでノイズも取り除けるのですが、やはり自然のままで、ということで。

下の文字をクリック戴くと一分間ほど、鶯の鳴き声が聞こえます。どうぞ癒やされてください。

H24.4.10新川神社鶯囀り

昨日は、朝から晩まで鳴きまくっていました。わたしはてっきり雄が鳴くと聞いていましたから「ホーホケキョ」は求愛のさえずりだと思っていましたら違うんですね、縄張り宣言だそうです。「ケキョケキョケキョ」と、違った鳴き方をするのは縄張りに侵入した鳥に対する威嚇だそうです。知らんかったです。「婚活、たいへんやな〜」と思っていたら違いました。家庭を守るために必死だったんですね、誤解していてごめん。

そういえば、録音をしているときに鶯が私の近くの枝に移って鳴いてくれたので、大きな音量で綺麗に録ることが出来たのですが、あれは私に対する「威嚇行為」ですかね、もしかして。「こら、それ以上近づくと、威嚇するぞ」といわんばかりに鳴いていたりして。そんな風には聞こえませんでしたが。

雅楽には「春鶯囀」(しゅんのうてん)という、うぐいすのさえずりを写して舞にしたと伝わる曲があり、源氏物語では春の宴で演奏されたようです。

櫻のつぼみ。もうすぐ開花。

いつもでしたら入学式の頃には咲いているのですが、本年は遅れ気味。つぼみはもうぱんぱんに膨らんでいます。開花の日をお楽しみに。

新川神社のテーマソング by Sir Yakamochi Otomo

 

平成24年4月8日竹内神明社の神木のお祓いの後、撮影。

立山の賦 大伴家持  万葉集 巻17-4000

天離(あまざか)る 鄙(ひな)に名懸(なか)かす 越(こし)の中 國内(くぬち)ことごと山はしも 繁(しじ)にあれども 川はしも 多(さは)に行けども 皇神(すめかみ)の領(うしは)きいます 新川(にひかは)の その立山に 常夏に 雪降りしきて 帯(お)ばせる 片貝川(かたかひがは)の 清き瀬に 朝夕(あさよひ)ごとに たつ霧の 思ひ過ぎめや あり通(がよ)ひ いや年のはに 外よそのみも 振り放(さ)け見つつ 万代(よろず)の 語らひ草と いまだ見ぬ 人むにも告げむ 音のみも 名のみも聞きて  羨(とも)しぶるがね

「たちやま」を「太刀山」と書いた祖先の気持ちがわかるその姿。やはり日本刀の波紋に見えますよね。

遠い地方の国で名高い越中の国の内中に、山はたくさんあるけれども、川はたくさん流れているけれども、皇神が領しておいでになる新川のその立山に、夏でも雪が降り積もっており、山をめぐる片貝川の清らかな瀬に、朝夕ごとに立つ霧の絶えないように、この立山を思い忘れることがあろうか。この山に、いつも通って、いよいよ年ごとに、よそながらもふり仰いで見ながら、万代までの語りぐさとして、まだ見ない人にも語り告げよう。その評判だけでも、名前だけでも聞いて羨しがることであろうから。

龍神さま、御封印。

龍神さま、御封印。しばし休暇じゃ。

わしじゃ、神使いの鷹じゃ。久しいのう。たっしゃにしておられたか。

4月に入るとカラスが繁殖期にはいるので、なにやらあちこちで悪さを働くようじゃ。あやつらも一生懸命生きているのじゃから悪気は無いのかもしれんが、どうもえげつないんじゃ。手水舎に水を貯めておくと、奴ら、罰当たりにもお参りの方々が心を清める水で自らが禊ぎ(みそぎ:心身の汚れを祓い清めるために海や川に入って身を濯ぐ神事。)をしよるのじゃ、たわけものが。常願寺川でやれっちゅうんじゃ、よそいってみそぎせい。禊ぎだけに留まらずに餌をわざわざ運んできてここで洗ってみたり、それはそれはここでは書けないようなあんなこんな悪さをしよるさかいに、禰宜も苦労しておったわ。カラス除けをかけてみたりネットを張ろうともしたが、まぁ、相手が悪いわ。カラスの方が一枚も二枚も上手じゃ。かえって参拝者に悪いイメージを与えるので、禰宜はカラスに逆らうのはやめたようじゃ。そのかわり、申し訳ないが龍神さまはしばらくお休みを取って貰うことに毎年しておるのじゃ、どうか参拝者の皆の衆、ご理解を願いたい。わしからもお願いじゃ。春祭りの19日は人が多く賑わうのであやつらは近づけないので龍神さまの御封印は解禁しますぞ。そういえば先日、水を止めて二日後にはカラスが手水舎の柱に二羽たたずんでおって、水が枯れた手水舎をさみしそうに眺めておったわ。先手必勝、功を奏したな、禰宜どの。

舟橋村竹内鎮座神明社の杉の木倒木。

参道に横たわる杉の木

根こそぎ倒れるも、意外に根が深くない。

こちらも同じくらいの根の深さです。

禰宜です。3日の大風の後、舟橋村竹内に鎮座する神明社(「ゆかりの神社」ご参照)の総代さんから、境内の木が倒れたとの連絡で見に行きました。見事に二本横たわっていました。かなり大きな杉で、隣の公民館の手すりスロープを押し曲げてしまいました。もう一本はゴミ集積所の屋根に倒れていました。木が枯れた様子も無く、枝打ちもして管理をしてありますので、なぜこの二本がと思って見ますと根が異常に浅いんです。下の土壌が岩盤なので深く根を張れなかったのかなぁと総代さんに言いましたら、総代さんが真相を教えてくださいました。この木が生えていた場所は水が豊富なので根をはらなくても吸水できたから根が浅かったんだと。お宮のある高台にある木は根をはらないと水分が得られないので根が深いんだと。なーるほど、そういうことですか、腑に落ちました。勉強になりました。明治神宮の林苑の専門家に聞いた話も一緒で、神事に使う榊の葉も日当たりの良いところの榊は良い枝葉にならないのです。午前中に一時間だけ日が当たる処の榊が良い枝を付けるそうです。日光と水を求めて、木は厳しい環境の方がしっかり成長するのですね。我々人間も同じですね。我々の先祖は木を信仰の対象として祭ってきました。ひときわ大きい大木にしめ縄を張り、ご神木として崇敬の対象とされてきました。根を深く張り、枝を多く付けるその力図良い生命力と人間をしのぐ寿命に神々しさを感じたのだと思います、理屈抜きで。
幸い住宅の倒壊や人身事故にならなくて良かったです。大きな被害では無いですが補修には経費がかかりますし、なにしろ木の運搬費用が・・・。

唇よ、熱く君を語れ。

先日の上冨居神社のみこし渡御の昼食時に、とある宮総代さんとお話をしていましたら、ひさしぶりに気骨のある、神様に対する想いを聞くことが出来ました。御神酒の効用もあってか、「神主さんはどう思われるか知らんけど、わしにとって伊勢神宮ちゃ、こうこうこう感じておるからみんなに伊勢にお参りに行け、ゆうとんがいちゃ、んで、神道はこうこうこうだから水平だちゃ。わしはそうおもっとるがいちゃ・・」と、唾をとばしながら熱く語られるのを聞いて、うれしくなりました。なかなか自分自身で神様とは何なのか問いかけて、お参りに行って感じたことを自分の信心として他人に語れる人は残念ながら今の時代は多くないです。特に私が気に入りましたのが「神主さんはどう思われるか知らんけど〜」のフレーズです。そうなんです、自分なりの神様に対する想い、これは他人から与えられるものでは無く、ましてや神主から教えられるものでは無いのではないかと。我々は神道の祭りでは神と人との仲立ち人であって宗教でいうところの教祖では無いので、信仰に向かう道しるべくらいしかお示しできていないのが現状かも知れません、力およばず。神職は何よりも神に向かって祈る背中を通して、参拝者が神様を感じるかどうかが大事なんだと先達神主に教えられてきました。神道の信仰とは神様に向かう人の内心から沸き上がるような物ではないかと。自分自身に問いかけることが大事では無いかと、その総代さんのお話を聞いて同感いたしました。神道の鏡は自分を「かんがみる」ための物であるとも言われますし。

たぶん、総代さんの「わしはこうおもっとるがいちゃ」という、真っ直ぐな気持ちは神様に通じていることと思います。

「唇よ、熱く君を語れ」。懐かしい曲ですね、渡辺真知子さんの。「南風は女神 絹擦れの魔術〜」昨日の大風は遅れてやってきた春一番ですかね?女神なんてもんじゃ無かったですね、昨日の風は。おとろしや〜。新川神社の梅は紅梅白梅とも見頃です。強風にもめげずに花を咲かせています。なんとまぁ、木花咲耶姫(このはなさくやひめ)さまのけなげでお強い事。

 

上冨居神社春祭りにみこし渡御(とぎょ)斎行

梅に鳳凰。なんか、花札の組み合わせの様。

「どべ」とみこし。氏子さんの中学生が奉仕します。

禰宜です。今日は上冨居神社の春祭りでみこしに御神霊をお遷しして町内を廻りました。宮総代さん達も準備から道案内までお疲れ様でした。先導役にこのあたりでは「どべ」といわれる導きの神・猿田彦大神がみこしの前を歩きます。俗に「露払い」といわれるのは、昔、道無き道を行列を組んで進む一行の先頭に立ち、朝露や夜露で濡れた草木をなぎ倒しながら道を開いて貴人を導いた役職名からいわれるようです。当然、大変な仕事で、身体は濡れるし、毒蛇に出くわすかも知れませんし勇敢な者がつとめる仕事です。昔は厄年の者がつとめたとも言われます。今日でも中学生が慣れない装束を着て、木彫りの赤面をかぶって歩くだけでも大変な役所です。今日は晴天に恵まれ、よい祭りとなりました。ちなみに上冨居神社は舩木神職家が先祖代々宮司を務めるお社です。詳しくは上にある「ゆかりの神社」に上冨居神社のページがあります。併せてご覧ください。