天皇陛下御即位 御大典記念植樹作業完了。

宮司です。ついに政府は都市部地域限定で非常事態宣言を本日発令する予定だそうです。当方でも3月から神社主催行事は勿論、若鷹会や外部の参集殿ご利用もご遠慮戴いております。長男が國學院大學に通いながら明治神宮に研修生として、次男がこの春より埼玉県の城西大学へ進学と言うことで親としては心配ですが、今は携帯で逐一連絡が取れますので息子たちとは情報交換をこまめにしております。

さて、そんな最中ではありますが4月3日金曜日、快晴の日に盛田造園さんにより御代替わり奉祝の記念植樹の作業をしていただきました。

御大典の奉祝事業は二本立でして、1つは新規駐車場の増設、これは一応工事完了しました。続いての記念植樹は本殿前一対の榊の木の左側が枯れてしまいましたので此の機会に改めて植え替えをしようという事で企画しました。
最近の猛暑で日当たりの良すぎる場所ですので耐えきれなかったのかなぁと思います。

此の機会に御即位にちなみまして「右近の橘・左近の桜」に植え替えを致しました。右側の榊は猛暑を避けるために御輿蔵の横に移植をしました。
「榊の木は午前中1時間程陽が当たる場所の方が玉串に最適な良い枝振りになる」という事を明治神宮の林苑専門の方に聞いたことがありまして。なるほど、日当たりのよい場所は光合成がたやすく出来ますので枝葉を広げる必要が無いですからね。確かに、良い玉串が穫れる榊は大木のある神社の境内でその日陰に育っている木が多いので確かです。日陰者の方が努力して成長すると言うことでしょう。人も同じですね。

「右近の橘・左近の桜」はひな人形で皆さんご存じだと思いますが、この左右の置き場所がややこしいので此所ではそれには触れませんが、天皇陛下が御即位の儀礼をなされる紫宸殿(ししんでん)の前に植えられている樹にちなんでおります。左右は宮殿にお座りになる天皇陛下から見て右が橘、左が桜になりますので我々が紫宸殿に向かってみると右手が桜、左手が橘と逆になりますのでご注意。

右近、左近(うこん さこん)は今で言う皇宮警察に当たる皇居の近衛兵でそれぞれ左右に分かれて警備していた官職の名からいわれているようです。

そのような意味合いから、御代替わりの記念植樹の樹としては最適な品種だと思います。加えて、古事記には「桜」は邇邇芸命の姫、コノハナサクヤヒメ、「橘」は垂仁天皇の御代に不老不死の果実として非時香木実(時じくの香の木の実)として神話ゆかりの樹ですので古事記・日本書紀をお読みになる皆様にも鑑賞戴けるので、より身近に神話と現代の物事を感じて戴ければと思います。

今回はなによりも、道路拡幅で切らざるをえなかった「古桜」の子孫が残せたことを本当に嬉しく思います。

 

 

疫病退散!疫神齋御朱印チラシをお配りいたします。(無料)

 

宮司です。春祭りの真っ只中です。富山市内は桜も満開で気温も穏やかで「春・爛漫」な日でした。そういえば「春」の語源は一説によると「芽が張る」の「はる」らしいですね。真偽は置いといて、若葉が芽吹く季節ですのでいいじゃないですか。

さて、前回のブログでご報告の通り、春祭りのみこし渡御を中止に決意した早朝、これはただ単にネガティブに中止だけでは悔しいと思い、なんか、やったろう、気持ちだけは強く居よう、神社・神主として出来る事は無いか、みこし渡御が中止に成ったから不安に思う氏子の方々に「お祓い」は出来ないけどそれに変わる以上に強力な「何か」をお届けして感染拡大阻止に貢献できればと思いつき、結構短時間で出来ましてfacebookでは既に公開してご自由にご利用して戴いております。

ダウンロードして印刷して玄関にお張り戴いたり、神棚にお張りいただいて毎日お祈り戴いたり、データーは著作権フリー素材としてご利用戴いても良いということで加工して拡散していただいたりしております。携帯の待ち受け画像にして戴いた方もいまして、早速製作元の宮司も携帯待ち受け、変えたことも無いのを頑張って設定しました!結構、ショッキング蛍光イエローなんで普段見るとウザい感じがするのですが、逆にこの「ウザいかんじ」がするほどのションキングカラーの方が今はパワーオーラを感じますね!

ちなみにこれはいわゆる「御神札」ではありません。印は新川神社の「御朱印」です。ですから実際に押した「御朱印」ではありませんし、画像ですのであまり神経質になりすぎずに神様マークと思っていただいて、広めて戴きたいと思います。

宮司としましては、本当にお伝えしたいのは「祈り・必要・避ける・控える」の四柱の実践です。
いまは愚直にこれを実践するしかないと思います。
日本人の得意技は「忖度」です。ちょっと前まではよくないイメージの言葉でしたが、いまは「非常事態宣言」が出るか出ないかと言うよりも、そんな宣言が出されなくても自発的に「ロックダウン」出来るのが我々では無いかと。

気づいた時は既に遅いんですから。

令和2年度春祭みこし渡御祭他諸事の対応について

去る令和2年3月31日午後7時より総代会にて「春祭みこし運営会議」を開催し、各町内代表と共に審議し決定したことをお知らせいたします。
新型コロナウィルス蔓延防止策の一環ですのでご理解いただき、今は国の方針を受け我々国民が出来る事を愚直に実践し、我々の地域から感染者を出さない、拡散させない事を目指して過ごしてまいりたいと考えておりますのでご協力賜りますようにお願い申し上げます。


令和2年4月19日春祭のみこし渡御祭は中止。10月19日秋祭に順延するが、1ヶ月前に状況判断して実施するか検討する。

②令和2年4月19日春祭祭典(午前8時〜)は斎行する。参列者は恒例の通り、宮総代・町内会長・宮委員。時節柄、飲食を伴う直会は省略する。

③春祭祭典に併せて「新型コロナウィルス感染症流行鎮静祈願祭祝詞」を奏上し地域の安泰を祈る。

露天商の出店中止を依頼済み。

⑤祭典案内に併せてウィルス蔓延防止の4本柱を掲げた「疫神齋(えきじんさい)※御神札ではありません」のちらしを回覧し、ウィルス蔓延防止策の共通認識を広める
町内掲示板や自宅玄関、神棚などにお張り下さい。

※疫神齋(えきじんさい)とは?
悪病の流行を防ぐために、陰暦3月に行われた疫神を鎮める祭り。また、平安時代に、皇居の四隅や畿内の境界に疫神を祭ったこと。

以上です。1日も早い終息を祈る日々です。みなさんもお元気で。

天皇陛下御即位奉祝事業其の壱「令和駐車場」完成。

宮司です。国の新型コロナウィルス蔓延防止策のお陰か、爆発的な拡散はなんとか食い止めているような現状ですが、今だ予断をゆるさない日々ですので、明るい話題を。
2019年2月に神社前の民家が壊され、神社の御神木も24本伐採していよいよ市道新庄10号線の拡幅工事に伴い、境内地と道路に提供される民家の残地の交換手続きも無事終了し、これから神社の境内地は道路に提供される反面、交換した土地に参拝者駐車場を造成する工事が無事に終了いたしました!

名付けて「令和駐車場」。シンプル且つこれほどハマるネーミングは無いですね。宮総代の平野事務長さんがなんとなく資料に記された仮称の様な物でしたが、一発で決定です。参集殿のほうにメイン駐車場がありますので、その呼び方の区分けとしては一番わかりやすいですね。しかも御代替わりの年に粛々と工事が進められましたし、天皇陛下御即位奉祝事業の一環として施行いたしました。

まだガードで使用できないようになっていますのは、道路に電柱が立ったままになっており、事故の要因と成り危険ですので、電柱が移設されたら晴れてのオープンとなります。

まだ道も全体が拡幅されていませんし、見通しがわるい場所でも有りますので安全確保が出来てからのご利用となりますので何卒ご理解戴きますようにお願いいたします。

参集殿に宮司セレクトコーナー設置

宮司です。昨日はひなまつり。舩木家では姉が嫁ぎましてからは本物は飾らず。小さなひな人形が玄関に飾ってあるぐらいでしたが、1月28日付けのブログでも紹介しました「花ノ和工房」和紙造形作家・堀内章代(ほりうちあきよ)さん製作の「越中和紙 春待ち雛」が納品されました!
五箇山の悠久紙で製作されているので、和紙独特の質感が魅力的な一品です。

そして、以前からこれも宮司セレクトとしてご紹介と神社としても頒布しております、松井機業「JOHANAS(ヨハナス)」のしけ絹と五箇山悠久紙仕様の「御朱印帳」を参集殿内ギャラリーに満を持して一緒に展示いたしました。

御朱印帳は現在ブームですのでそれぞれに素敵な意匠のものが製作されていますが、では私自身が持ちたい御朱印帳は?といいますとなかなか有りませんでしたが、あるときふと御縁をいただいた城端の松井機業に訪れたときに出逢ったのがこのしけ絹と五箇山悠久紙の純白の御朱印帳でした。

御朱印帳はいろいろな神社仏閣の御朱印を納める物ですので御朱印帳は「真っ新」が良いなと。真っ新、真っ白なんだけどただの「白」では無いところがポイントです。
偶然にも私の琴線に触れた物が共通の五箇山悠久紙を使用していたという。
御朱印帳にはマッチングのしけ絹のカヴァーもあります。御朱印帳にしては高価ですが、神様仏様のお印を戴くには最高の素材でできています。

既に何冊か頒布しましたが、書き手としては緊張する代物です。ですが墨の乗りや筆運びが独特で普通の御朱印帳とはやはり一線を画す物です。ハイエンド御朱印帳といえるでしょう。
「春待ち雛」は旧暦の3月3日は3月26日ですので今月いっぱいはお飾りしておきます。

令和2年3月1日富山市消防団新庄分団鎮火祭斎行

宮司です。毎年恒例の消防団の鎮火祭が斎行されました。消防団には新庄若鷹会のメンバーも数人見えますので、頼もしい限りです。校下の町内会関係、学校の関係者も参列され約40名のお参りでした。
本年から分団長が盛田さんに替わられましてそのご挨拶で印象的だったのが、「最近の火災は、火が無いところに煙が立つ」ということです。電気配線、延長コードの発熱から火災になる事例があるということです。私も電気機器が多くなる現代ですのでタップには新しい物を使うようにしています。

本年も自然災害、火災が無き様に、また、いざという時は消火活動にあたる消防団員に事故や災い、怪我などが無いようにお祈り致しております。

鷹乃羽雅楽会令和2年2月22日富山を楽しくする会参加

宮司です。今日は3月3日。巷では新型コロナウィルスの解散防止のために国が学校の休校やイベントの自粛を促したことについての対応がそれぞれの場所でおこなわれているようです。当方でも3月から雅楽会や古事記・日本書紀などいろいろな行事がスタートしますので、悩ましいところです。

今現在では富山県内の感染者は報告されていませんが、潜在的にいないわけではないと思われるので微妙なんですね。

伝染病は古事記の中では第10代崇神天皇の時に国民の3分の2が死ぬという激しい疫病に対し、自責の念にかられた天皇が夢占いをして神の神意を尋ねたところ、三輪山の大物主神のお告げにより、「大物主神の末裔であるオオタタネコを神主として祭祀を行えば疫病は止む」、ということで三輪山祭祀が始まった事が記されています。神のお告げのままに祭祀を施すと間もなく疫病は止み、喜ばれた天皇は全国に天津社・国津社を定めた事と、この時代に八咫鏡を祭るのにふさわしい場所を探し求める旅に皇女を使わされています。此所で重要な事が、3つあります。

①全国に神々を祭る神社を設置されたこと。 ②伊勢神宮の奉斎を企画されたこと ③神を祭る神主は神様の御指名により決められたこと

これが国家祭祀のはじめで、その原因が「疫病」だったことですね。全国に神社を定められたのは疫病が蔓延して国家存亡にあたり、統制を効かせるための拠点としての福利厚生の目的があったと私は感じております。現在でも家に不幸があったら「神社に行くな」というのは疫病の蔓延を防ぐための祖先の知恵でしょう。
その時代は文字も無く、言葉での伝達ですので、「死者が出た家はしばらく他人との接触を絶って葬儀に専念しなさい。(人が多く集まる神社には)その期間は行かないように」と。現代も同じですよ。要は「死の穢れ」は観念的なものもありますが、崇神天皇朝のエピソードから解すれば「伝染病」が「穢れ」で「人に伝播する物」として忌み嫌ったと理解するのが素直な見方では無いかと思うのですがいかがでしょうか。

と、前置きが長くなりましたが、令和2年2月22日の午後2時頃、毎年参加させて戴いております「富山を楽しくする会」に鷹乃羽雅楽会として演奏してきました。こんな時期でしたので何時もより観覧者が少なかったようです。

当神社HPに「鷹乃羽雅楽会」のページもありますのでそこには動画もあるのでご覧ください。

令和2年2月19日祈年祭・鎮火祭奉仕

宮司です。例年にない暖冬のため、境内の紅梅・白梅が揃い咲きです。雪も降りましたがそれにもめげずに咲いているところが昔から慕われているところですね。

本年も五穀豊穣とありとあらゆる産業・工業・商業が発展し、自然災害も無く、秋には豊かな収穫を祝う祭を迎えることが出来るようにお祈り致しました。併せて、火の大神の恵みと感謝、そして取り扱う人間が取り扱いの過ちが無き様にお祈りする鎮火祭も奉仕致しました。

日本テレビのTHE!鉄腕!DASH!!で、TOKIOのメンバーが神様にお供えする為に参考にされた「ヒラメ」も恒例によりお供えされました。ヤツデの葉に盛るのが新川神社流です。

日々の報道に寄りますと新型コロナウィルスが拡散傾向ですが、今も昔も伝染する病にはいかんともしがたい事ではありますが、1日も早い終息を祈るばかりであります。

令和2年第7回寒中みそぎ・鎮魂作法錬成会修了、そして立春。

宮司です。正月を過ぎたといえどもまだまだ慌ただしい日々ではありますが、愈々恒例の寒中みそぎ・鎮魂作法錬成会が無事に修了して我々の正月は一段落いたします。ただ、この後残務整理と後片付けがありますが、無事に正月を迎え、全員無事でみそぎ行を終えたことに感謝と達成感に浸りながら過ごしております。本年は積雪もなく、準備・後片付けもスムースに出来ました。
そして昨年よりも多いみそぎは46名の参加、直会は50名の大勢で楽しくすごしました。

本年は第7回目ということでリピーターが6.5割、新規が3.5割くらいでしょうか。毎年新たなるチャレンジャーの参加をいただき、リピーターと共にみそぎを出来る事を大変嬉しく思います。リピーターが全体の流れを後押ししてくれますので、先導役の私がすごく助かります。新規の方々もリピーターの勢いに乗っておこなえばいいので、このバランスが良い感じですね。

本年は特に過去最高齢の参加者、杉本正さん(県会議員)のご参加を戴きました。人一倍、お元気に気合いを入れて居られました。直会ではお得意の相撲甚句、ガールズバックダンサーを従えての振り付き「ふるさと」などで場を盛り上げて戴きました。
関西出身の白石さんは続いて漫談を披露してくれたり、恒例の新規参加者や何か宣伝したい方の「アピールタイム」など、いつものアトラクションで盛り上がりました。
だいたいいつも、みそぎの後の直会は盛り上がります。参加者の娑婆に生きて返って来れた、という「半端ない達成感」がそうさせるのだと思います。みんなが一緒に新たなる魂に生まれ変わったので皆兄弟、ということで初めて会った方同志でも和気あいあいと吞みさくり半端ないです。

また、最年少では富商の高校生18歳の山本君が参加。陸上部なので素晴らしい肉体美を披露してくれました。女子も8名が参加。初回から皆勤の方も居られ、感心するばかりです。

直会にはいつもいつも差し入れを戴き有り難い限りです。
(株)宝来さんからお酒、九曜さんからはスパイスカレー2種類、貫江さんからは漬け物、野村頭から日本酒、その他宮司セレクトの日本酒、宮司仕込みの梅酒など色々戴いております。

直会の中締めも終わり、皆で後片付けが終わりますと恒例の力比べの相撲が始まりました。
富山市出身の朝乃山の活躍もあり、酔っていながらも白熱の試合を展開していたようです。

2月4日は立春。梅の花もほころび始めたところに富山としては遅すぎる積雪がありました。
昔の新年にあたり、この一年みなさんのご健勝とご活躍をお祈り致し、また来年裸でお付き合いできる日を楽しみにしております。

令和2年新春マスメディア露出3連発

宮司です。本年は新春より運気が良く、新川神社マスメディア登場3連発でありました。
最近、「たかのたわごと」もなんとか続けておりますと、マスコミ関係の方々が製作過程でネット検索をされる中に当社の写真やコンテンツが引っかかるらしく、問い合わせを受けることがあります。今回は日本テレビ「ザ!鉄腕DASH!!」のDASH島神社に新年のご挨拶に神饌をお供えしよう、ということで各神社は地元の旬の物、特産品をお供えするということでその一例に新川神社の神饌・「ヒラメ」が紹介されました。数多くある神社の中で当社の神饌が選ばれましたことは大変喜ばしいことですが、他にも地物や特産品をお供えした有名神社は沢山有るはずなのですがなんでうちなんかな?と思っておりました。が、オンエアーを最後まで見ますと神饌を備えする器、一般的には素焼きの土器を使うんですけれども、DASH島は無人島なのでそんな物は無いので、木の葉を皿の代わりに盛り付けて居られましたので、この辺り、新川神社を参考にされたのでは無いかと思います。


新川神社では2月19日の祈年祭・鎮火祭と11月26日の新嘗祭・収穫感謝祭には「平目2匹」をお供えすることになっております。いつ頃からかはわかりませんが、品目指定されていますので今でもそのようにしております。ちなみに春祭・秋祭は鯛です。新川神社では平目や鯛は祭典に使う専用の土器より大きいので長方形の黒塗りお盆に「ヤツデ」の葉を敷いてお供えいたします。「ヤツデ」は「天狗のうちわ」とも呼ばれる大きな葉で、観葉植物の「モンステラ」に似てるやつです。
木の葉は家の前に生えておりまして、難なく採取できますので便利です。クマザサも同じ場所に自生しておりますのでたまにクマザサを使う事もあります。この辺り、参考にされたようですので嬉しい限りです。神様に新鮮な旬の物をお供えする。これが基本ですのでDASH島でもこの辺りにこだわって新鮮な地取りの牡蠣をお供えされていました。新川神社でも境内の神饌田で手植えのお米をお供えしておりますので、神饌には今後共尚一層、装飾も含めてこだわりを持ってお供えして参りたいと思います。

新庄町で新たなる才能発見。

宮司です。新年も明け、一段落というところですがまだまだ正月の残務整理が残りっているところです。が、そろそろ休まないと気持ちが荒ぶるので、「スターウォーズ」と「男はつらいよ」を観て参りました。いずれも長期シリーズの最終となる〆の完結編でしたので感慨深かったですね。

地鎮祭ではテントの周りに竹を4本建ててその周りにしめ縄を張り、紙垂(しで)という白い紙を四垂れに折った物を結界のしるしとして縄に挟む仕事があります。

施工業者さんが付けるのを手伝って戴けるのですが、縄を縒り返して空いた隙間に紙を挟む時、縄の縒りが強かったり、ピンと張りすぎるとなかなか縒り返して挟むことが難しい仕事なんです。ところが、私は長年の経験で慣れていますのでスイスイ付けていくと「なんでそんなに早く付けれるんですか?」と聞かれます。私はすかさず「フォースを使えば良いんですよ」答えます。スターウォーズ世代はジョークだと伝わって笑ってくれますので続けて「指先に気を集めてから、開け!と念じて縒り戻すと開きますよ」と伝授しますとかなりの確率で「あっ、開いた!」となります。要はイメージなんです。今度是非試してみて下さい。若い世代の担当者ですとスターウォーズ世代ではないので「フォースを使え」と言われても「それってホームセンターに売ってます?」と聞かれることがあったりしますんで「ホームセンターにはないと思うよ、今度レンタルビデオ屋でスターウォーズを借りて見られ」と普及活動に従事しております。MAY THE FORCE BE WITH YOU.フォースと共にあらんことを。

さて、本題ですが我々富山の神職は正月元旦の次の日、2日から9日頃まで氏子の家を1軒ずつ周り、新年のご挨拶と神棚祈祷としてご一家の後安泰をお祈りする「家祈祷(やぎとう)」という風習があります。神職が常駐している神社だけではありますが。毎年廻っておりますと、家の玄関での飾り物やペット、掛け軸が目に入りますが中でも本年ピンときたものがありましたのでご紹介いたします。

「花ノ和工房」和紙造形作家・堀内章代(ほりうちあきよ)さん製作の「越中和紙 天神様」です。玄関に神棚がある家でしたのでお祓いの祝詞を上げて帰り際にふと目に入ったのですが、パッと見は「何か神々しい物」を感じまして。よくよく見ると見るからに高級そうな和紙に天神さんの梅鉢紋がさりげなーく胸の辺りに白い和紙で意匠されていますので直ぐに「天神様」とわかりました。旧来の肖像的な天神像とは真逆の抽象化されたモダンデザインを感じました。そして神事に使う「人形(ひとがた)」を連想させる造形美に心を奪われてしまいました。家のご婦人に「これは何処で売っていたのですか」など色々話を聞きますと実の娘さんが製作した物だと。工房はこの家で製作しているので本人を呼びます、ということでご本人とお会いしまして色々お話しを聞きますとこの天神様は第49回富山県デザイン展で奨励賞を受賞していた作品でした。どうりで。自分でいうのも何ですが、私も意外と良い物に対して「目利き」が効くなぁと思いました。普通なら横に「なんとか賞受賞」とか看板を立てそうな物ですが堀内さんは謙虚に作品だけ展示してありましたが、やはりすばらしい才能は必ず日の目を浴びることとなるんでしょうね。

五箇山の悠久紙を使った作品で、新川神社も神宝が天神軸ですし、当社でも授与しております松井機業の御朱印帳は五箇山の悠久紙で製本されていますので完全に私の心を掴まれてしまったので、即発注いたしました。「おひなさま」もあるということで両方注文いたしましたのでいずれご紹介いたします。
一週間以上をかけて一軒一軒家を廻る家祈祷は大変と言えば大変ですが、わが町新庄の新たなる才能に触れる機会が戴けましたのでやはり大事な御奉仕だと改めて感じました。

令和2年謹賀新年 〜大晦日から元旦〜

遅くなりましたがこの「たかのたわごと」をお読みの方々、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。宮司の舩木信孝です。
本年は珍しく、私的な年賀状を掲載します。倅二人が産まれてから「男はつらいよ」シリーズで神職の見習いをしながら成長していく年に一度の「成長記録の報告書」のようなものになっております。長男が二十歳の成人式を本年迎えましたので機会が有れば20年分の年賀状を並べてみるのも一興かもしれませんね。そういえば本年は「男はつらいよ」の新作が公開されているのですね、見に行かねば。実は寅さんファンなんです。今年こそ初回から順番に見てみたい。なんか、良いんですよね。映画を見出したのは中学生からですかね、寅さんとSTAR WARSは我々の年代には天の御柱みたいなもんで、人格形成に影響を与えている作品です。

今日は1月18日。落ち着いたようで落ち着かないのがこの時期で、お正月の後始末の仕事が始まる時期なのです。まだまだゆっくり休日が取れないのが現状ですが、やはり寄る年波には勝てず。若い頃なら多少歩きすぎても「筋肉痛」なのですが50を越えますと「足の筋肉の痙攣」という奴が起きるんですね〜。昨日動けなくなりまして、家内に応急手当をして貰ってマッサージに行きました。今日は大安の土曜日ですので朝から晩まで地鎮祭をこなさなければいけませんので、足が痙ってる場合じゃないんですね。こればっかりは反省しましてやはり無理はきかない歳ですので忙しい時だからこそ、無理をしたときはストレッチや入浴などで身体を労りたいと思いました。

さて、昨年末の大晦日から元旦にかけてのお宮の様子です。
昨年もいい年でした。本年も幸先の良い正月でした。皆様にとりましても良い年である事をひたすらにお祈り致しております。

 

令和元年12月21日 良楽のかれ〜なる落語会その1開催

宮司です。年の瀬も迫って参りましたね。今年最後のイベントのご報告を致します。
さて、新川神社参集殿初の落語会を開催致しました。なんと落語とカレーのコラボです。
いや〜、良かったです。しばらくはしめ縄を綯いながら動画サイトで演目の「芝浜」を色々なバージョンで見てました。いや、いいもんですね。特に年の瀬が迫った頃の設定の話ですので、主催者の城生さんの企画ばっちしです。

この企画は12月に入って間もない頃、新庄町に引っ越ししてこられた城生(じょうのう)さんが持ち込んだ企画でして、良楽師匠は四方神社の栂彦祭で何年も出演して戴いたご縁もありますし、城生さんのプレゼンが良かったんでしょうね。「カレーはコミュニケーション・ツールだ!」というコンセプトが妙に共感しまして。うちは「お宮で飲もう会」のコンセプトは「お酒はコミュニケーション・ツールだ!」ですからね、あくまでも。

急な企画でしたが、とりあえずやってみましょう、ということで口コミとSNSだけのプロモでしたが、約30名来場されたようです。

元々落語は神社や市など人が集まる処で行われた者で、私は古事記などを伝えた「語り部」の末裔のような役割を果たすお仕事で世の中に大事な事を口コミで伝える大事なお仕事だと考えています。

人間は生きていく上で「ものがたり」が必要だと、古事記を素読する会を続けているうちに感じて居ります。それがフィクションか、ノンフィクションかは、どうでもいいんです。人が人として気高く生きていく、そこには古より星の数程のものがたりがあり、文字や書物が無い頃からストーリーテーラーが居て伝わってきてます。今では本や映画、演劇など様々なジャンルの芸能になっているのですが、その核となる芸能ではないかと思います。

初めて「芝浜」を聞きましたが、感動しました。あとからジワジワくるのですね。あの後、お正月準備しながら動画サイトで色々な方の「芝浜」を聞きました。それぞれにびみょーな味付けがありまして、これが面白いですね。カレーに似てますね。スパイスの混ぜ方で色々なバリエーションを作れる、だけど本質は変わらない、みたいな。良楽師匠の「芝浜」、最高に良かったです。写真ご覧の通り、落語家は顔でもしゃべってますね。話の場面が浮かぶようです。

城生さんのスパイスカレー、美味しかったです。チキンがホロホロで、スパイスが癖になりそうな後味を醸し出します。おかわりしました。

是非「その2」も開催して戴きたいですね。今度は広くプロモしますんでお楽しみに!

市道新庄10号線拡幅工事着工

宮司です。昨年末に発行の社報「鷹乃羽」第10号にも報告しました市道新庄10号線の拡幅工事が12月3日から始まりました。予てより「新庄町の血栓」とも言われた道の狭さですが、新庄小学校の通学路ということもあり道の拡幅は地元の願いではありました。
その要望がある反面、此所を通らない人達にとっては全く関係の無いことでもあります。
たぶん、この道は私が産まれ育った実家の真ん前ですし、24時間此の場所を勤務先としていますので一番この部分の様子を知っている者だと思います。私の父と母を除いてですが。

人というのは好き勝手に風評を流すもので、「長年道が広がらないのは神社が反対しているからだ」とか、酷いのになりますと「神社を壊してでも道を広げろ」というのもありました。
此の場所には一人の老婦人が住んで居られました。たばこと荒物を扱う小店を商って居られました。近所と言うことでたばこを買ってあげたり、もらい物をお裾分けなどしておりました。
道を広げると言うことは誰かの土地を削ることになります。「神社を壊してでも道を広げろ」と発言した人は、もしかしたら「あいつの家を壊してでも道を広げろ」と思われている立場になったとき、どう感じるんでしょうか。

新川神社の神様は、「わしは気にしてないから、そんなに怒るな、気の毒やぞ」と言ってくれているような気もしますが、私はそれを聞いた日から「こんな暴言を吐く奴がひとりたりとも居なくなる新庄町」を創ることを強く決意しました。そしてそれはいつか必ず実現します。なぜなら私は怒った方がむちゃくちゃ仕事するんですよ。

令和元年12月8日第30回お宮で飲もう会

宮司です。昼間の田んぼ学校しめ縄作りとコシヒカリ試食会に続きまして「お宮で飲もう会」。
しかも記念すべき第30回を迎える日となりました。
昼から夜までと準備も段取りも一日でやりますので大変といえば大変ですが、神饌田のおにぎりを大勢の方に振る舞うことを考えると一日通じての開催でないとかえって手間が増えますし、全て一日に集約した方が日程的にも準備も後片付けも一度ですみますので、毎年12月の第1日曜日に開催しております。

今回は記念すべき30回目ということで、何かプレミアムな事をしたいなぁと思い、とりあえず案内チラシには「なにかいいことあるかも」と文字だけ入れておきまして、後から何にしようか?と考えておりました。結果、宮司からプレゼントということで400年祭にも製作した特別バージョンの木札御守を製作いたしました。寒中禊ぎ参加者に授与していた御守です。特別バージョンは赤色の紐に決めてましたので今回も400年祭の「町新庄祭騒動」と同じ赤紐で。神紋の「違い鷹乃羽」と若鷹会の「モダン鷹乃羽」が刻印されていまして、「令和」のかの文字をトレースしてあります。

今回も沢山の差し入れ有り難うございました。あやなさんはモツ鍋とキムチ鍋を。いつもありがとうございます。南日味噌さんからもネギ味噌。お酒のつまみに最高です。小川頭からは貴重な酒「梵」、川森・米山さんからは酒「九頭竜」。内山さんからは自家製の米粉のパンとチーズ、バターなど。春日さんからはお菓子を沢山。貫江総代会長さんからはおにぎりの梅干し、漬け物を沢山。九曜さんからはお酒のつまみのお総菜。他にもワインや色々な物を差し入れいただき毎回ながら感謝いたしております。
今回急遽12月21日16時より「良楽のカレーなる落語会 その1」が当参集殿で開催されるに付、主催者の城生さん、三遊亭良楽師匠も参加いただきまして、今話題の「スパイスカレー」を差し入れしていただきました。
宮司からは恒例の宮司セレクト酒5本。宮司仕込み自家製御神木梅酒を5本差し入れです。

会費3,000円女子2,000円でこの充実した内容は皆さんからのお志による事と感謝申し上げます。

今回は過去最高の申し込みで61名の参加でした。机20脚で3名座りですので御誕生席も作ってギリギリでしたが、嬉しいことです。近隣の町内会からも、遠方からも、勿論地元新庄からと、入り乱れての会ですのであまりこういった感じの会は珍しいかも知れませんね。

宴たけなわの頃、今回は重大発表がされました。
小川博司頭が頭専用みこし特攻服を着て登場。御代替わりと飲もう会30回目の節目にも当たり、永年勤めた頭を引退すると発表。2代目頭を野村幸生(ゆきお)氏に指名ということで頭特攻服を脱いで2代目に渡しました。突然の出来事に皆初耳でしたのでビックリしたかと思いますが、2代目の野村氏は堂々と所信表明を語り、皆拍手にて承認戴きました。よかった、よかった。

顧みしますと、平成25年3月に第1回目のお宮で飲もう会を開催したと社報「鷹乃羽」に記録されていますので丸7年間、忙しい中を共に地域活性化、新川神社400年記念大祭の成功に導いて戴きました事は感謝の念に堪えません。
400年祭の計画段階で貫江奉賛会長(当時)と、「若い世代との関係が途絶えてしまっている総代会に如何に青年会を再興するか」との課題を相談していたときに丁度まだ若いのに町内会長になったばかりの小川君に相談してみよう、ということで最初に舩木家の座敷でお酒を飲みながら相談したことを今でも思い出します。

一番古い写真が平成25年5月17日のお宮で飲もう会。参加者10名ですよ。写真を撮ったのが私の弟ですので。本当の内輪ですね。しかも古い社務所で。今は倉庫になってます。なつかしいですね〜。

第2回お宮で飲もう会 at社務所

此の後、「寒中みそぎ・鎮魂作法錬成会」が始まり、愈々若鷹会が結成されまして今日に至るわけですが、小川さんにはその都度、参加者を集めるために行く先々で「新庄もん」をキーワードに集めて戴いた成果が今日に繋がっているのです。次第に「寒中みそぎ・鎮魂作法錬成会」や新川神社の春祭りの神輿担ぎの復活を試みる中で祭り好きな人々も参加して戴いて活気に溢れた神輿渡御、神社行事が出来るのはこの「お宮で飲もう会」の定期的開催が礎になっています。

そういう意味でも小川頭には公私に渡り、新川神社を新しい舞台に引き上げてくれたと感じております。
現在の参集殿は小川頭の経営する(株)オリバーの設計施工で、大勢の方々が居心地の良い建物ということで吸い寄せられるように集まってこられます。此の場所だから参加して戴いている方も少なくないと感じて居ります。中で使用する机と椅子はどうしても経費が及ばなかったので(株)オリバーに寄進していただきました。デザインがシックで参集殿に似合いますし、丈夫で使い勝手が良い物です。
若鷹会結成時も、400年祭に併せて神輿を人力で担ぐ事を復活させるに当たり、オリジナルのハッピを作る企画、そして経費を全て負担して戴きました。これもなかなか出来ないことだと思います。

平成28年の新川神社新庄御鎮座400年事業の「町新庄祭騒動」でも全町内神輿巡行の先導として、見事途絶えていた神輿担ぎを復活させてくれました。

その後も継続的に行事を進めてくれましたが最後の大事業としましてはやはり「次世代への継承」です。我々の先輩方が成し遂げられずに途絶えた青年団。次世代に繋ぐ事は新規に立ち上げたときのパワーを如何に持続させるか、これも大変な事です。
若鷹会の運営も年中行事が安定して次世代の若衆の頭ということで世代のひとつ若い野村君に特攻服が渡されたことが、実は一番大きな実績かも知れません。

小川初代頭、本当に7年間の長い間、ありがとうございました。
今後は顧問として2代目野村頭の相談役として吞みに来て下さい。

ということで第30回目の「お宮で飲もう会」は過去最高の参加者と御代替わりに併せて頭も世代交代というプレミアムな一時となりました。今後共新しい2代目野村頭共々若鷹会をご贔屓に。「お宮で飲もう会」にてお待ちいたしております。

次回は令和2年2月2日「寒中みそぎ・鎮魂作法錬成会」の直会になります。
特に厄年の方、新社会人を迎える方、今までの自分から新たなる自分へと生まれ変わりたい方、お待ち申し上げて居ります。